ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第二話「セルフィーユ伯爵領」




「では予定通りに」
「は、了解であります、領主様!」
 感謝祭当日は去年に続いて晴天だった。
 リシャールはカトレアら家族や家臣の他に、客人である義妹ルイズ、親友クロード、そして新たに開かれた『アルビオン王国在トリステイン大使館セルフィーユ分館』という長い名前の在外公館を預かるオーブリー・メイトランド書記官らを連れ、先ほど発足式を終えたばかりの領空海軍の観艦式に望んでいた。横手にはアーシャもお座りをしている。
 先ほどまでは大聖堂で感謝の祈りを済ませ、空港にて領空海軍の発足式と先日の空賊戦についての論功行賞を済ませ、会場として開放され出店などが並ぶ練兵場の奥まった丘の上にて開式の宣言とマリーのお披露目を済ませ……と、分刻みの予定をこなしていた。今は会場にフネが来るのを待っているところである。
 参加艦はたった二隻で招待艦もなく、授閲艦にフネを回すと一隻きりになってしまうので陸の上からの観艦式だが、ここには空海軍があるぞと宣言することに意味があった。領空海軍の士気向上と海賊避け、またそれを明確に打ち出すことで領民や行き来する商人達に、セルフィーユは治安に気を配っている領地であると広く知らしめるわけだ。組織的な野盗にしても兵隊のみならず、大砲を沢山詰んだ軍艦を追っ手に差し向けられてはたまったものではない。そちらはそちらで領軍の他にも聖堂騎士隊が司教区内、つまりは領内を巡回しているわけで、彼らにとっては迷惑千万な話であろう。
 常備軍を揃えることは諸侯の義務ではなく、諸侯軍や国軍と呼ばれる外征若しくは国土防衛の為の戦力が、王政府からの要請があるその時だけ維持編成されていればよい。これは領民を徴兵したり傭兵を集めたりして編成した軍を差し出す代わりに、軍役免除金を支払っても許される。
 王都に近い内陸の領地ならば、懐事情などからメイジは領主一家のみで兵士は護衛を兼ねた門衛一人という諸侯も珍しくはない。家の力だけでは何ともし難いと中央に訴え出れば、野盗や亜人の討伐に騎士や王軍の部隊が派遣されてくるし、海賊空賊が現れたとなれば空海軍の艦艇がやってくる。セルフィーユにしてもそれは同様に扱われる筈だった。但し、当然ながら初動は遅いし、普段の治安維持に於いて影響力はない。領内にそれなりに大きな街を抱える諸侯など、例えば大きな街道が領内を通り中継貿易で利益を得ているアルトワ伯爵領などは、やはり常備軍を維持しなくては領政に支障が出た。
 リシャールが無理を押し、セルフィーユ男爵領成立直後より常備軍として領軍を揃えた理由には、カトレアを迎え入れるための格式の一つという切ない事情もあったが、領地の安定を優先したという点も無視し得ない。創設当時の、メイジを含まぬ二十名ばかりの領民上がりで訓練も行き届いていない兵士がいるだけでも、代官さえ現地に居らぬ周囲の土地に比べれば随分と上等だった。
 考え事をしている内に時間が来たようだ。人々の歓声が大きくなり、リシャールもそちらに目を向けた。
「来たわよ、マリー!」
「あーう!」
 賑やかなのが嬉しいのか、ルイズが抱いているマリーもご機嫌だ。
 修理も完了してフォアマストが新しくなった『ドラゴン・デュ・テーレ』に、やや小振りな『カドー・ジェネルー』が続いている。先日の空賊騒ぎで拿捕した空賊船改めアルビオン船籍の両用フリゲート『ヴェリテ』号は、王政府の検分の他にも所有権の問題が尾を引いてラ・ロシェールに留め置かれていた。

 襲撃を受けたのがアルビオン領空内、空賊の制圧は領空外だったが、この点はラ・ラメーの機転により問題が回避されていた。アルビオン領空内では『ドラゴン・デュ・テーレ』は高度を下げて逃走しただけで、銃砲も攻撃魔法も放っていなかったのである。
 しかし、別の角度から横槍が入って調整は難航していた。
 この『ヴェリテ』号はアルビオンとのやり取りにて盗難船であることが判明し、また十分な礼金を支払うので所有権を取り戻したいと元の持ち主より申し入れがあったのだ。相手が単に所有権を主張したのであればトリステイン側も突っぱねるところであったが、アルビオンの王政府を通して正式な交渉を持ちかけられては話が変わってくる。柔軟な対応……というよりも、『アン・ド・カペー』嬢のことを棚上げすれば、トリステインとしては私掠に伴う税収と国としての面子が立つかどうかが問題で、中古の両用フリゲートの所有権そのものはどちらでも良かったことが逆に対応を遅らせていた。
 ラ・ラメーはフネそのものを欲しているが、リシャールは実費に加えてラ・ラメーらの苦労に報いることの可能な利益があればいいとして、王政府の方にはこちらに損がなければ問題ないとだけ伝えている。……拿捕によって得た財貨物品の記された私掠に伴う申請書類を傍らに置いての発言であったので、一ドニエたりとも削るなとの主張になっていたかも知れないが、その効果には大して期待していない。
 どちらにせよ、今のところは待つだけだ。
 事情の確認や呼び出しなどに対応するため、ラ・ロシェールには『ドラゴン・デュ・テーレ』のビュシエール副長もそちらに引き留められていたが、政府間の話し合いに折り合いがつけば連絡が入るようになっている。
 一応は誤解がないように話を通しておくかと、メイトランド書記官を通してウェールズに事の顛末を記した手紙を送っていたが、こちらも返事はまだであった。

 祝砲を豪快に放った二隻が指定された位置に降りてきて、会場は大きく盛り上がった。
「すごかったねえ、リシャール」
「うん。
 試射の時は僕も乗っていたけど、フネが震えて壁に手をついたよ」
 白い水兵服を着た兵士を見栄えよく並べ登舷礼を行おうとも思っていたが、祝砲を撃つために必要な砲員が足りなくなるとそちらを諦めたことは、楽しんでいるクロード達に話せることではない。
「それにしてもシュヴァリエかあ。格好いいなあ」
「うーん、どうなんだろうなあ……」
 男爵への叙爵に際してアンリエッタから授けられたマントは一度彼女の手に戻され、背中のセルフィーユ家の紋章の下に、幾分小さく新たにシュヴァリエの紋章の縫い取りが為されてから戻ってきた。
 国から賞されたのはリシャールだったが、ガーゴイル撃墜はアーシャの手柄、フネを守りきって空賊を降伏させたのは艦長らの手柄だと自分では思っているから、内心では複雑な部分もある。
「じゃあカトレア、申し訳ないけれど二人をお願いするよ」
「ええ、いってらしゃい、リシャール」
 客人らは祭りを楽しむために街へと繰り出すが、リシャールは『ドラゴン・デュ・テーレ』に乗り込んで各村々を訪れる予定だった。
「夕方までには戻るけど、二人とも楽しんでくれるといいな」
「大変ね、領主様は」
「みたいだねえ」
 クロードにはルイズのエスコートを頼んであった。
 適度に交代するようにと言い含めて随行の護衛や従者も数人宛うことになったが、この程度で済んでいるのは偏に感謝祭の性質による。
 基本的には、領民のお祭りなのだ。故にルイズとクロードには身内や親しい友人として遊びに来るかどうかを問い合わせたし、セルフィーユに駐在するメイトランド書記官には声を掛けて祭りの主旨などを説明したものの、両者には略式の招待状すら出していない。メイトランドとその部下達は赴任後間もないこともあってこちらには詳しくないので丁度良いと、職務の一環としてリシャールの領内訪問に便乗し、セルフィーユの視察を行う予定になっていた。
「ではメイトランド殿、こちらへどうぞ」
「はい、伯爵閣下」
 リシャールはメイトランドを伴い、『カドー・ジェネルー』の足下に列を作る人々を横目に『ドラゴン・デュ・テーレ』へと向かった。
 視察に同行しない『カドー・ジェネルー』は今日一日こちらに係留され、誰もが見学が出来るようになっている。艦内は祭りに合わせて飾り付けなども為されているが、艦齢二十五年、最新鋭艦ではないからこそのサービスであり、平時には定期航路へと供されるから馴染んで貰おうとの意図も含んでいた。

 『ドラゴン・デュ・テーレ』はラマディエ市街の外れにある練兵場を後に、城館のあるシュレベールを経由して領内で一番西にあるドーピニエに向かった。ラマディエに近いシュレベールとラ・クラルテでは、人々がそちらに足を向けるように申し合わせたので大きな祭りは催されていないが、騒ぎを避けて静かに酒食を楽しんでいる領民もいるのでリシャールも顔だけは出すことにしていた。
「領主様、ようこそいらっしゃいませ」
 シュレベールの次に立ち寄ったドーピニエでは『ドラゴン・デュ・テーレ』が祝砲を放ち、村長のダニエルらに歓迎された。
 今年からは村の数が増えたので運営は去年以上に各村長らとマルグリットに任せ切りだが、領主として各村々を回ることそのものは必要である。うちの村には何故来ない、などと僻まれても困るのだ。

 続いて向かうのは、国境沿いに位置する新たに加わった四領である。
 『ドラゴン・デュ・テーレ』はドーピニエを後に南西のサン・ロワレへと進路を取った。後は国境沿いを北上して順に新領地を巡る予定だ。
「組み入れられてまだひと月余りですからね、私たちもお互いにすり合わせを行っているところなんですよ。
 近隣の領地として以前より繋がりがなかったわけではありませんが、今後に期待というあたりです」
 加えられた四つの領地は北より順に、海に面したル・テリエ、シュレベールと同じく鉄鉱山を有するラエンネック、その山裾から広がる森に近いエライユ、そして旧ドーピニエ三つ分の人口と広さを誇る農村サン・ロワレと言う。

 国内でも最北端に位置するル・テリエは、それほど大きくない漁村に廃城と灯台のある離れ小島で構成されていた。港はあるが大きくはなく、ブレニュス船長の『ベルヴィール』号でさえ喫水が足りない。灯台の維持管理と国境の関所に派遣する兵士の提供が役務として付随している。
 ル・テリエから南に下ったところにあるラエンネックは、リシャールがこの地を訪れる前のシュレベールと似たり寄ったりの鉱山村だった。鉱石の質も似ており、どうやら同じ鉱脈の東側だろうとはフロランの所見である。見張り台のある小さな砦の維持が、やはり王政府より要求されていた。
 ラエンネックから山を一つ越えた南には国境線も怪しい深い森が広がり、その外れにエライユの村があった。こちらは林業が中心で、家具やその他の木工などの職人も抱えている。王軍の駐屯地もあったが、こちらも業務と共にセルフィーユへと移管され、リシャールの預かりになった。エライユにはゲルマニアへと続く道はないが、初撃を受け難い位置に駐屯地を設けてあるのだ。往事には最大で一個連隊が駐留していたという話だが、大きすぎる兵舎と練兵場を除けばその面影はないに等しい。なお、領軍の本部は手狭に成りつつあったラマディエの庁舎からこちらに移動したものの、国境の押さえとしての戦力は王軍の中隊から『ドラゴン・デュ・テーレ』へと置き換わっている。
 残るサン・ロワレは、西サン・ロワレと合わせて二つの農村が一つの王領を形成していた。昨年、試験的に伸ばしていた街道はそのまま西サン・ロワレを通り、五つ六つの王領を経てゲルマニアのツェルプストーへと至っている。おかげでこちらは新たな領内道の建設は半分で済んだが、その他の三領はやはり大きな工事が必要だった。今はまだ工事にも手を着けはじめたところで、春の収穫期に入ってしまう前には少々無理があると試算されている。余談だが、全ての主要な領道が整備されれば街道と合わせて歪ながらも環状になる予定だった。
 これら新領地には、誠に都合良く各村々に産業があった……というわけではない。水源のある平地台地であれば農業に力を入れ、良木のある森林があれば林業が発展するなど、王都から遠い片田舎ではそれなりにうま味のある土地でなくては人々が集住する理由がないのだ。おかげで取りまとめは多少楽でも村同士の距離は長く、同じ人口でも管理は面倒だった。

 国境沿いの領地を順に巡った『ドラゴン・デュ・テーレ』はル・テリエを後に、海上に出るべくそのまま針路を北のアリアンス島に向けた。島には灯台と廃城あるだけで大きな集落はないが、、メイトランドに見せる予定になっていた。
「あれは関所ですかな?」
 眼下に見える街道沿いの建物群を指差すメイトランドに、リシャールは頷く。
「はい。
 国境の関所、山裾の見張り台、駐屯地が一組で国境警備の業務にあたっています。
 今は国境が緊張するような理由もないので、警邏や巡回で出動することの方が多いですね。
 適度に出動することで兵士達の緊張感も維持出来ますし、馬車で行き来する商人達にも安心感を与えられますので、かかる費用を嘆いてばかりいるわけではありませんが……」
「商人と言えば、王都とは密なやりとりをなさっているとお伺いしていますが?」
「ええ、徐々にですが取り扱う品目や量も増えていると報告を受けています」
 リシャールは子爵への陞爵時に街道の整備は命じられたが、領内はともかく、領外に位置する街道の警備まで任されているわけではない。王都への往復便にしたところで、領地と王都を行き来する商人の安全が主目的であった。そもそも王領を含む他領で兵士がうろうろとしているのはよろしくないのだ。商人の護衛という部分を、極端に逸脱するわけにはいかなかった。
 しかし利益をセルフィーユへと誘導するという観点からは、街道全体の安全も視野に入れる必要がある。最近では便乗して領外の商人達がセルフィーユへとやってくることもあったから、定期航路が開かれても護衛のついた王都往復便の廃止は不可能という結論に達していた。リールなど、街道沿いには衛兵を持っている街もあるが、セルフィーユの商人を直接守ってくれるわけではない。今後の物流の進捗次第では、ゲルマニア方面にも新たな護衛付き往復便を手配せねばならない可能性も検討していた。
「規模こそ比較になりませんが、セルフィーユに於ける街道とはアルビオン王国にとっての航路のようなものですから。
 やはりお国でも、航路の警備体勢は重要な位置づけがなされておりますでしょう?」
「はい、無論であります。
 ですが、他国との小さな取引にもフネを使わねばならぬ我が国としては羨ましい面もありますぞ。
 特に我が国では馬車での荷役は国内で閉じているおります故、フネを持つ豪商とその他中小の商人との差が如何ともし難いものになっておりますな。
 もちろん、地の接した国境を持つのは大変でありましょうが……」
「商人としてはともかく維持管理する側としては一長一短、というあたりですね」
「『隣家の麦はよく実る』というやつですな」
「はい、トリステインでは『向かいの家ではパンが白い』と言ったりもします」
 ふむ、と二人で顔を見合わせる。
 船足の速い『ドラゴン・デュ・テーレ』のこと、前方には既にアリアンス島の全景が見え始めていた。

 アリアンス島は、ル・テリエの沖合に浮かぶ周囲十数キロメイルの離れ小島で、村とも呼べないほど小さな集落と灯台、それに地方にしては比較的大きな廃城以外に目立つものはない。
 往事には完全に充足した空海軍東方艦隊に所属する十数隻の軍艦が駐留していたが、空中埠頭を備えていた城は既に朽ち果て、島の名もアリアンス島、つまりは『盟約』の島と名を変えた。
 嘗てはこの城にも城代が置かれ、トリステイン東方に乱立していた小諸国や都市国家への牽制を任務とした空海軍の拠点としていたが、台頭してきた帝政ゲルマニアとの幾度目かの国境紛争の後に結ばれた条約にて、和平の象徴として互いに数カ所の拠点放棄を約した時に廃城とされたのだ。実際にはトリステインが武力で圧力をかけて影響を保とうとしていた東方諸国が、自主的な帰属、強引な併合、あるいは武力による征服と、経緯はともかくほぼゲルマニアの支配下に置かれてしまい、費やされる予算の割に離島の城が大きな意味を為さなくなったトリステイン側が、和平条約の象徴だの友好の証だのと理由を付けて廃してしまったと言うべきか。
 黎明期には単なる小国の集まりでしかなかったゲルマニアも、その頃にはトリステイン一国の力では御し得ぬ大国に変貌を遂げていた。ゲルマニア、そしてガリアが大国化した理由はその立地にある。ガリアは火竜山脈の南側、そしてロマリアやゲルマニアと互いに挟まれつ睨みつしながらもエルフの住まう東の果ての限界まで国土を広げた。ゲルマニアは周辺の小国を統合した後やはり強国のいない東へと手を伸ばしたが、これはどちらかと言えば開拓に近い状態であった。本国が空中大陸にあり、地上の大陸への影響力が小さくならざるを得なかったアルビオンはともかく、トリステインはゲルマニアの台頭を許した時点で大国化への道を断たれたと言っていい。遠方の植民地を得ようにも、大抵はうま味が薄いか、あるいは既に他国の領土や植民地となっている場所が大半であった。
 国境紛争も数えるのが馬鹿らしくなるほどあったが、国力を凌駕され、ガリアやロマリアまでもを巻き込んだ諸国会議で先手を取られてしまえば否も応もない。これで百戦百勝を謳われた『英雄王』フィリップ三世による巻き返しがなければ、あるいはラ・ヴァリエール家の頑強な抵抗がなければ、トリステインの国土は今の半分もなかった可能性さえある。
 そのような歴史の一舞台であった城へとリシャールも一度だけ検分に赴いたが、艦隊の乗組員千数百人が起居していたという城はどこの王城だと思うほどに大きかった。放棄されて数十年、石造りの建物本体も含め、全体的に傷みも激しいのですぐに使えるわけでもない。義父からは陞爵を機に居城を移してはどうかと冗談混じりに聞かれたが、掃除を専任とするメイドを雇うだけでも一体何人必要だろうかと、見積もるだけで頭が痛くなるほどであった。その上、見張りをしやすく大軍の奇襲を受けにくい離島という立地は当然ながら居城とするには甚だ生活の便が悪いと想像がつけられたので、領軍や領空海軍が攻城戦の訓練に使うという前提で調査と一部分の整備だけを行うように命じ、廃城のまま利用することに決めていた。
 
 廃城と灯台を間近に見ようと寄り道をしたせいもあり、『ドラゴン・デュ・テーレ』がラマディエの空港に戻る頃には日も傾き掛けていた。
「来週からは本国とトリスタニアの大使館からも応援が来ますので続けて近隣の視察を行う予定ですが、今週のうちはセルフィーユ領内の事と受け入れの準備で手一杯、というところであります」
「メイトランド殿、こちらも近隣の様子の調査にまでは手が回っていなかったので、便乗させていただきますよ」
 トリステイン東北部はゲルマニアだけでなく、アルビオンにとっても新たな市場となりうる可能性を秘めていた。発展が見込めるならば先につばを付けておいて損はない。要はパイの切り取り合戦なのである。商人達には利益、領主や政府には税収と、それぞれ名は違っても求める方向性は重なっていた。
 セルフィーユでも役人と商人が一丸となり、これまでは単なる情報収集の場であった王都の商館を『商館』として活用しつつあったし、領内の有力者らは定期的に会合を持っている。今のところ領外についてはこの王都商館以外に人を出してはいないが、これは主要な産品であるラ・クラルテ商会の鉄が専売で卸売りされていることが大きい。次いで売り上げの大きい銃もアルビオンへと堅調に売れているので、在庫を抱えてこちらから営業を仕掛けるということにはならなかった。このまましばらく無理をせずにまわしていけば、年末の支払いに困ることもないだろう。
 そのうち各国の首都や主要都市にも商館が必要になるかもしれませんねとは、苦笑混じりのマルグリットの言であった。
 だが、古い宿屋を丸ごと買い取って使っている王都の商館はともかく、駐在の文官一人に小部屋一つの出張所でも、利益を誘導する為の支出としては得られる利益を必ず下回っていなくてはならなかった。その手間と費用を考えればそう簡単に出すわけにもいかないのだ。
 目の前にいるメイトランドにしても、彼がここにいるのは、貴族一人に加えて数名の官吏を派遣し在外公館を維持してなお本国に利益があると、アルビオンが判断したからに他ならない。同じくトリステイン王国はリシャールに領地と爵位を与え、ゲルマニアは街道工事を後押しした。
 それらは皆、セルフィーユやトリステイン東北部にかけられた期待の現れでもあるが、武器の代わりに外交と政治と経済力を主舞台とした『戦争』の一側面でもあった。
 
「では、感謝祭の無事終了を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 感謝祭を無事に終えたその日の夜、ルイズとクロードを迎えて小さな宴席が催されていた。街の方もまだまだ賑やかな様子だが、流石に二人をそちらにやるわけにはいかない。
 祭りの空気に当てられたのか、やや興奮気味のルイズらに微笑んで相槌を打ちながら、来年はどういった感謝祭になるやらと思案を巡らせるリシャールだった。






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