もしかしたら……きっかけを作っちまったのは、俺だったのかもしれない。
 寂しげに涙ぐむ彼女を抱きしめ、暖かさを教えたのは俺なんだから。
 でもそれは何かを意図していた訳じゃなくて、友情の延長での行為だったんだ。
 その時は
 
 
 「マグニチュード」
 
 
「……どうか、しましたか?」
 放課後。
 俺と将棋を指していた古泉は、自分へと向けられる意味深な視線に気がついたようだ。
 さて……その落ち着いた笑顔がどう変わるんだろうね?
 若干の期待を隠しつつ、俺は何気ない口調で口を開く。
「なあ古泉、最近はどうなんだ?」
 どう、という部分に含んだ意味を閉鎖空間の事だと理解したらしい。
「……ええ。おかげ様で、バイトはここ数ヶ月開店休業状態です」
 古泉は笑顔を崩さないまま頷いて見せた。
 残念、俺が言ってるのはその事じゃないんだ。掌の上で持ち駒の歩を転がしながら、何気な
くを装って呟く。
「なるほどねぇ……。だから、お前も楽しみを見つける余裕が出来たって事なのか」
「え?」
 疑問符を浮かべる超能力者に俺は続ける。
「別に悪い事とは言わないさ、むしろ健康的で結構だと思うぜ?」
「あの、なんの事でしょうか」
 そうかそうか、知らない振りで通そうとするのなら仕方ないよな。
 俺の陣の内部まで攻め込んできた古泉の駒を適当にあしらいつつ、俺は本来将棋には存在し
ない、対局者へのダイレクトアタックを仕掛けてやった。
「クレセント」
 将棋には何の関係も無く、周りに居たハルヒ達がもし聞いていたとしても何も反応しないだ
ろうその単語を聞いて、超能力者の笑顔に歪なひびが入る。
 見間違いじゃないとは思ってたが……やっぱりお前だったんだな。
 古泉。
「――はい」
 まるで判決を待つ被告の様な面持ちの古泉に――俺は文字通り共犯者の様な笑顔で囁いた。
「お互い、見て見ぬ振りでいこうか」
 ――そこはやはり古泉だ、とでも言うべきなのだろうな。
 僅か数秒で俺の言葉の真意に気づいた古泉は、あっという間に営業スマイルを修復し肯いて
見せた。
 
 
 深夜の街には大勢の人が溢れ、その誰しもが人に言えない悩みや秘密の1つや2つ、持って
いるものだろう。そして誰しも他人には関心を持たず、ただ足早に通り過ぎていく。
 そんなどこにでもある夜の繁華街を、俺と朝比奈さんは一緒に歩いていた。
「……こ、古泉君もあの場所に居たんですか?」
 古泉とのやり取りを聞いた朝比奈さんは、いつもの様に目を丸くして驚いていた。
 その様子だと、朝比奈さんは気づいてなかったんですね。
 こくこくと頷く彼女に目を細めつつ、俺は彼女の手を強く握り締めた。
 朝比奈さんはあそこではいつも恥ずかしそうに俯いてるからそりゃあ気づかないよな……さ
て、そろそろ作戦を実行に移そうかね。
 何やら考え込んでいる朝比奈さんは、俺の視線の変化に気づかないでいる。
 正直、演技には自信がないが……まあ、なんとかなるだろ。
「朝比奈さん。しばらく、こうやって会うのは止めておきしょうか」
 控えめな声で呟いた俺の声に、
「え?」
 朝比奈さんはショックを隠そうともせず俺の顔を見上げてくる。
「今回は運良くばれませんでしたけど、二度同じ幸運が続くとは限りませんから。やっぱり、
危険な事はやめておいた方がいいですよね」
 冷静を装う俺の言葉に、
「……そ……そうですね……はい」
 つい数分前まで、とても幸せそうだった彼女の顔が悲しげに曇る。
 いじめすぎたかな?
 少々悪ふざけが過ぎてしまったらしく、朝比奈さんの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「朝比奈さん」
「……はい」
「危険なんですけど……俺は我慢できそうにないです」
 そう言いながら彼女の体を少し強引に引き寄せると、押し付けられた朝比奈さんの体からは
成熟した女性の感触が伝わってくる。
 それはつまり、俺の体の感触も彼女に伝わっているはずだ。
「…………」
 無言のまま、彼女の手が俺の背中に伸びる。
「大丈夫、今日も付き合いますよ」
 ――何ていうか、俺も変わっちまったな。
 ついさっき自分で止めておこうと言っておきながら、こんな矛盾した事を堂々と言いのけら
れるとはね……まあ、でもこれは成長とは呼べない気がする。
 そんな俺の葛藤に気づくわけも無く、朝比奈さんはただ嬉しそうに何度も頷いていた。
 本当、可愛いすぎですよ。朝比奈さん。
 
 
 ――クレセント。
 そうネオンで描かれた看板の下をくぐり、俺と朝比奈さんはゆっくりとその先にある建物に
入っていった。
 しかし……まさかあいつも同じラブホテルを選ぶとはね。この店舗には、隠れて入るのに丁
度いい雰囲気でも出てるのだろうか?
 最後にここを訪れた時に見てしまった女連れの超能力者の顔を思い出しつつ、俺は朝比奈さ
んに気づかれない様に苦笑いを浮かべた。
 これまでに何度も通っているだけの事もあり、一見すると複雑な入口にも迷う事は無い。
 入口付近に作られたホールには巨大な案内板があり、そこには様々な趣向で作られた部屋の
パネルが並んで表示されている。
 ……少子化ってのは本当なんだろうか。
 週末でもないのに満室寸前の案内板から残り少ない空室を選び、俺達はエレベーターへと進
んだ。
 ――音も無く開くエレベーターの扉。
 エレベーターの中では、普段から大人しい朝比奈さんは更に大人しくなる。
 それは、これから起きる事を想像している為なのか……それとも他の何かを期待しているの
か。時折感じる彼女の視線を無視したまま、俺は点滅しながら上昇していく階数表示をじっと
見つめていた。
 
 
「……キョン君」
 部屋に入り扉を閉めると、俺達の動きを感知して入口の照明が付く前に朝比奈さんは俺に抱
きついていた。
 首に回された腕が俺の体を抱きしめ、離さないように力を入れてくる。
 いつもならここでキスを返す所なんだが……マンネリはいけないよな。
「…………どうかしたんですか?」
 何もしないでじっと立っている俺に不安を感じて、朝比奈さんは静かに腕を離した。
「先に、部屋に入りませんか? 夜はまだ長いですよ」
 そんな俺の嘘に微笑み、
「はい!」
 彼女は部屋の中へと走っていった。
 のんびりと追いかけていくと、部屋の中央に置かれた円形のベットの上に彼女は横になった
まま寝転んでいる。布団の中に埋もれるようにして眠る朝比奈さんは切なげに息を漏らし、
「……ふぅ……長かったです」
 独り言の様にそう呟いた。
 ここに来るのも1週間ぶり……か。
 朝比奈さんにしてはよく我慢できた方だろう。
 俺はコートをクローゼットにしまいながら、初めてここに来た時の事を思い出していた。

 ――最初、俺はこの行為には未来的な何かがあるんだと本当に思っていたんだ。
 深夜、朝比奈さんに呼び出された俺は、彼女に連れられるままこのホテルに来て……そして
そのまま彼女を抱いてしまった。
 意味がわからなかったさ、何で俺なのか? どうしてこんな事をするのか?
 疑問は山の様にあったのに、全ては彼女の魅力の前に消えて
「ごめんなさい」
 そう謝りながら俺を求める朝比奈さんは、事が終わっても何も教えてくれなかった。
 ただ――
「また、一緒に来てくれますか?」
 彼女は俺の腕の中でそう言って、俺は何もわからないまま頷いた。
 翌日、学校で朝比奈さんと顔を合わせた時は、まともに彼女の顔を見る事ができなかったよ。
 朝比奈さんは朝比奈さんでぎこちない笑顔で俺を迎えてくれたのだが、普段からおどおどし
ている事が多いせいでハルヒを含めて、古泉も長門もその変化に気づく事はなかった。

 
 それから朝比奈さんと何度も肌を重ねてきたが、結局彼女は俺に何も教えてくれないままで
――変わってきたのは、彼女が俺を呼び出す頻度が増え続けているという事だけ。
 ここらで真相を知る為にも、一度主導権を握っておこうと思った俺は、あえて誘いを断わり
続けて今日まで会うのを控えてきたわけさ。
 それにしても……俺も落ち着いたもんだよな。
 最初は部屋に入っただけでただ緊張して、事が始まっても強張った体でがむしゃらに動くし
かなかったってのに、今ではシャワーを浴びてバスローブに着替えても平然としている。
 しかし、最初と変わっていない所ももちろんある。それは――
 バスルームから出ると、ベットの上ではいつもの様に朝比奈さんがバスタオル一枚の姿で座
っているのが見える。
 彼女の求めるような視線に、聞くまでも無く俺は興奮しまくっていた。
 あのマシュマロの如く柔らかな肌も、いつまで撫でていても全く飽きない長い髪も、見てい
るだけでどうにかなりそうで、触ったら本当にどうにかなってしまう豊満な胸も、感触を確か
めずにはいられない濡れた唇も……朝比奈みくるという至高の女性を好きに出来るんだ、これ
で興奮しなきゃホモ確定と言われても仕方ない。
 そんな状況で冷静さを維持するのは本当に拷問だったね、所詮はアニマルでしかない俺には
きつすぎる。
 いつもならばすぐに抱きしめてくるのに、自分の隣に少し離れて座った俺を朝比奈さんは不
安そうな顔で見ていた。
 何か言いたそうで……結局、言えない。
 そんな仕草を繰り替えす彼女を俺はただじっと見るだけ。
 最初は辛いだけでしかなかったその時間は、朝比奈さんの子猫が甘える様な視線を見ている
間に少しずつ甘美な時間へと変化していった。
 ――俺って、こんな趣味があったんだな。
 主導権を握る為に秘密を聞き出すはずだった今日の目的は、結局欲望の前に変更してしまっ
ていた。
「……朝比奈さん」
「はい!」
 ようやく話しかけてもらえたのがそんなに嬉しいんだろうか?
 元気な声で返事をする彼女の前で、俺はわざとらしく指を口に当てて見せる。
「あんまり大きな声を出すと隣の部屋の人に聞こえてしまいますよ」
 もちろん、それは嘘なのだが
「あ……ご、ごめんなさい……」
 彼女はしゅんとして俯いてしまう。
 ――やれやれ……ハルヒの気持ちがちょっとだけわかった気がするぜ。これはもう末期だな。
 切なげに目を伏せながらも、じっと次の言葉を待つ彼女の従順な視線。
 欲望が滾るのを隠しつつ、俺は次の行動に移った。
 体を寄せて、朝比奈さんの口を塞ぐようにそっと唇を重ねる。すると彼女は、待ちかねた様
にそれに応じてきた。
 とろけそうな唇の感触を楽しみつつ、彼女の髪をそっと撫でる。しばらくそのままの状態を
楽しんでいたのだが、彼女が唇を離して呼吸をしようとする気配を感じた時、俺は彼女の後頭
部を支えて唇が離れるのを阻止した。
「――!」
 呼吸の限界まで耐えていたのか、朝比奈さんは辛そうな顔で俺を見る。
 が、離さない。
 予め深く息を吸っていた俺とは違い、彼女はそれ程長くは持たないはずだ。
 それでもじっとシーツを掴み、真っ赤な顔で耐えようとする朝比奈さんの顔を、俺はとても
綺麗だと思った。
 酸欠で倒れられてしまっては困るし、俺にそんな特殊な趣味はない。多分。
 彼女の苦しげな顔を満足するまで見てから、俺は彼女を解放した。
「ぷはぁっ! ふう……ぅ……キョ……キョン君……」
 やっぱり、気のせいじゃなかったな。
 ベットに両手をついて呼吸を整えながらも、彼女は俺を目をじっと見つめている。その目に
は非難するような光はなく、ただ何かを待ち焦がれているように妖しく光っていた。
「……すみません、ちょっとキスが長かったですね」
 わざとらしい俺の言葉。
「い、いえ……大丈夫です」
 彼女は健気に首を振って、キスする前よりも嬉しそうに微笑んだ。
 さて……次は。
 紅潮して色っぽさを増した彼女の頬に手をあて、体に沿ってゆっくりと手を下げていく。
「ぅ……はぁ……」
 思わず漏れた息を無視して、白い首筋を経て華奢な肩へと進む。その先には、彼女の体を包
むバスタオルの結び目がある。
 朝比奈さんも俺の目的が分かっているのか、じっと俺の挙動を見つめていて……ようやくバ
スタオルに辿り着いた俺の手は、その結び目を無視して彼女の胸へと進んだ。
「ひはっ!」
 彼女の可愛い声に微笑みながら、バスタオル越しにでも分かる膨らみの頂点を掌でなぞると、
すぐにそれは大きく膨らんで自己主張を始めるのだった。
 ――大丈夫、安心してください。まだここは責めませんから。
 脳内で朝比奈さんに語り掛けつつ、再び俺の手は下降を始めた。
 なだらかなお腹をさすると、朝比奈さんはくすぐったそうに体を捻って俺の手から逃げよう
とする。
 そんな彼女の唇を再び奪い、彼女の視界から俺の手が見えなくなったのを確かめた俺は、彼
女の内腿へと手を滑り込ませた。
 いきなりの事に目を開いたものの、朝比奈さんはじっと俺の挙動を伺っている。
 彼女の視線を感じながら、足の付け根へと手を進めていく。
 シャワーのせいで僅かに湿った内腿は閉じられないまま、俺の手は彼女の隠された部分へと
辿り着いた。
 熱く潤んだ感触が指先に伝わり、
「…………………………キョン君……あの……あ、……うう」
 それっきり動かなくなった俺の手に、彼女は待ちきれないのかそっと腰を揺するのだった。
 彼女の体が動くたびに、俺の指がかする程度に秘所に触れる。
 そのたびに目を細めながらも、朝比奈さんは俺の手が動くのをじっと待つのだった。
 やばいな、焦らすのって癖になるかもしれん。
 潤んだ目で訴えかける朝比奈さんと同様に、外見上は落ち着いている俺の内面では、かつて
ない興奮が駆け巡っていた。
 焦らすのはここまでにするかい? それとも続行?
 ――おいおい……聞くまでも無いだろ、続行だ。
「朝比奈さん、どうかしましたか?」
「あ、あの……」
 はい。
「えっと……も、もっと……その……」
「もっと……何ですか?」
 本気で分からないと言いたげな顔で、俺は朝比奈さんに続き言う様に促す。
 いつもならすぐに求めてくれるのに何で今日はこんなに焦らすの? そう視線で訴える朝比
奈さんだったが、残念ですが貴女がこの状況を愉しんでいる事はもうばれてしまっていますよ。
 足は触り易い様に開いたまま、両手は邪魔にならないように後ろに。切なげに顔を見つめ、
俺の動きを待っていた朝比奈さんの口からその言葉を言わせる事に俺は成功した。
「……触ってください」
「え?」
 消えそうな程に小さな声をちゃんと聞き取っておきながら、それでも俺は聞き返す。
「さ、触ってもらえませんか?」
 この上「どこを?」何て聞きませんよ。そこまでする程俺もいじめっ子じゃありません。
 無言のまま俺は空いていた手で朝比奈さんの手を取って、彼女の秘所に添えられた俺の手の
上に重ねた。
「どうやって触ればいいか、教えてください」
 あくまで平然とした口調を崩さない俺に、朝比奈さんは自分がどうすればいいのか気がつい
た様だ。
 普段は控えめで大人しい、彼女の羞恥心を上回る――快楽への欲求。
 俺の手の上に重ねられた朝比奈さんの手が、ぎこちなくだが動き始めた。
「あ……は……くぅ……うぁっ……いいです……こうされると、気持ちいいです」
 自分の感情を言葉にして欲しい、そんな俺の欲求に気づいた朝比奈さんは何も言わなくても
そんな言葉を口にする。
 バスタオルの下で、俺の指先が彼女の濡れた肉壁を何度も往復し、時折その上部にある小さ
な突起に触れては離れていく。
 恍惚とした表情で行為を続ける朝比奈さんを、俺はただじっと見ていた。
 普段、部室でメイド服に身を包み天使の様に振舞う彼女。
 その朝比奈さんが今、俺の指を使って自慰に耽っている。
 徐々に声をあげ始めた朝比奈さん以上に、俺は興奮していた。
「だめ……だめぇ…………もうダメなんです……ああぅ……だめぇ!!」
 自分の体だけあって弱い場所は熟知しているのだろう。突起の上部を繰り返し擦りたてなが
ら、朝比奈さんはあっさりと達してしまった。
 座っていられなくなった朝比奈さんがベットに倒れ、彼女の秘所から溢れ出した愛液が俺の
手を濡らす。
 朝比奈さんは、一度イってしまうと暫くの間は動けなくなる。
 その事を知っていた俺なのだが、あえて恍惚とした顔で横になっている彼女に要求を告げた。
「朝比奈さん、俺もしてもらっていいですか?」
「え? ……あ、はい! させてください」
 ふらつく体を急いで起こし、俺のバスローブを脱がせた朝比奈さんは、すでに限界状態にな
っていた俺の物にそっと手を添えた。
 指先が触れて、びくんと波打つ反応を楽しむように彼女はゆっくりと指を滑らせる。
「…………」
 無言のまま、手を動かし始めた彼女の手を俺は止めた。
「今日は、それはいいです」
「え?」
 でも、ここは触って欲しそうですよ? そんな顔で朝比奈さんはすでに先端部が濡れている
俺の物と顔とを見比べている。
 小柄な彼女の体をゆっくり抱き上げて、俺は自分ベットに横になりながら自分の下腹部の上
に彼女の体を乗せた。
 仰向けに寝転んだ俺の上に朝比奈さんが居る。そして、まだ余韻から覚めやらない彼女の秘
所には俺の物が添えられたまま。
「今日は、朝比奈さんが上でしてみませんか?」
 拒否させるつもりなんてないのに、あくまで俺は提案してみた。
 ――騎乗位と呼ばれる体位をご存知だろうか? 数ある体位の中でも少ない女性が上位に来
る事になる体位だ。この体位のメリット、それは――
「は……はい…………えへへ……キョン君を食べちゃいますね」
 普段は受身で、俺の行為を受け入れるだけだった彼女が蕩ける様な淫靡な顔をする。
 バスタオルを外し、その魅惑の体を惜しげもなく晒しながら、言葉だけではなく自らの意思
で彼女は俺の物を受け入れた。
「ぃ……ぅ……」
 バスタオルの影に自分の物が隠れたかと思うと、ぬるりとした感触に続いて俺を包み込む暖
かな肉壁の感触が生き物の様に締め付け始める。
 一瞬浮かんだ苦悶の表情はすぐに消え、息を荒げながら彼女は俺を乗りこなし始めた。
「……ああ……どどうしよう……キョン君、気持ちいいんです。私……今、凄く気持ちい……
ああ! ダメ! ひゃあ! もう、もう!」
 再び彼女の中に始まる収縮。
 その感触を楽しみながら、俺はついさっき彼女が実践して教えてくれたウィークポイントを
指で責め立てた。
「だめぇ! だ、だめ、またイっちゃう?! イっちゃいます!」
 自分にはまだ余裕があった事もあって、このままもう一度イかせてあげようか? と考えて
いた時の事だった。
 朝比奈さんの動きに合わせて揺れるベットではなく、部屋の天井に取り付けられた照明やテ
レビが置かれたテーブルが音を立てて小刻みに振動を始めた。
 ガタガタと鳴り始めたその物音は次第に大きくなっていく。
 流石に動きを止め、朝比奈さんは不安そうな顔で部屋の様子を伺っている。
「や! じ、地震ですか?!」
 ……はぁ……空気嫁よ、自然現象。
 いくらなんでも、地震を無視して継続って訳にはいかないよな。
 一旦体を起こした俺は脅え始めた彼女を抱きしめ、体は繋がったまま彼女を下にしてシーツ
を被った。
「あの、キョン君逃げないとダメです。危ないですよ?」
 薄暗いシーツの中に、不安そうな彼女の顔が見える。
「大丈夫ですよ、朝比奈さん。これは大体マグニチュード3から4って所ですから、それ程大
きな地震じゃありません」
「で、でもこれからもっと大きな地震がくるかも……」
 それは間違いなく正論ですね。
 ですが、時に感情は正論を凌駕するものなんですよ。過去の歴史もそれを証明しています。
 朝比奈さん。
「はい」
「俺、もしもこのまま地震で朝比奈さんと死んでしまう事になっても……後悔なんてしないで
すよ?」
「え?」
「好きな人と一緒になら、怖くないです」
「……キョン……君」
 彼女の胸元にあった手が、そっと俺の背中に回される。
 俺の体を力強く抱きしめながら、
「私も……怖くなんかないです……」
 朝比奈さんは頷いた。
 自然と重なる唇。
 今日はじめての優しいキスを終える頃には地震も収まっていて、その事に気づいた俺達は一
緒になって笑いあった。
 やれやれ……今日はここまでにしておこうかな?
 体が満たされなくてもいいって思えるほど、今は心が満たされている。
 そう俺が考え始めた時、
「あの……また、私が上になってもいいですか?」
 まるで俺の思考に気づいたみたいに、彼女は提案してきた。同時に思い出される、まだ繋が
ったままになっている彼女の感触。
 萎えかけていた俺の物はすぐさま硬直をはじめて、朝比奈さんは体でそれを感じて嬉しそう
に微笑んだ。
 ――俺の上で朝比奈さんの体が細かく跳ねる。
 長い髪を振り乱しながら、彼女はぎこちなく腰を振り続けていた。
「……あぅ……あっ……はぁ……気持ちいいです……キョン君は、気持ちいいですか?」
 切なげに聞いてくる彼女に頷いて見せると、微笑んだ彼女は内部を締め付けながら更に腰を
振った。
 ――しかし……初めての騎乗位にしてはかなり上手なんだとは思うが、いかんせん動きが単
調で実は俺の方はそこまで気持ちよくなかったりする。
 まあ……朝比奈さんが満足してくれればそれでいいかな?
 そう思い彼女の動くがままに任せていた俺だったんだが、ここでまた悪戯心が目覚めてしま
ったらしい。
 それまでシーツの上にあった自分の手で、そっと朝比奈さんの腰を掴む。
「え、あの……」
 一心不乱に動いていた朝比奈さんの腰を無理やりに止めて、そして――
「きゃあ!」
 前触れも無くいきなり突き上げられた朝比奈さんは可愛い悲鳴を上げた。
「朝比奈さん、さっきの地震ってこの位でしたっけ」
 そう言いながら彼女の体をどんどんと突き上げていく、そのたびに彼女は悲鳴にも似た声を
上げると
「はいっ…………うぅはい。このくらいでした……ひゃあ! あ……うあ、もうちょっとだけ
……ひゃん! 強かったかもしれません……」
 潤んだ瞳で俺にもっと強くと訴えてきた。
 ――もうちょっとだけ? 朝比奈さん、地震は段階的に来るとは限りませんよ。
「じゃあ、これくらいだとマグニチュード8ですかね?」
 手加減なし、受け入れる体勢が整っていなければ苦痛でしかない勢いで俺は彼女を跳ね上げ
始めた。これまでずっと焦らされてきた朝比奈さんの体あっさりと俺の動きを受け入れ、急激
な快楽の前に彼女の内部が再び震え始める。
「そうです! ああぁ……これは8ですぅ……あうっ! ……ひゃあ……もっとぉ……キョン
君もっとしてください、してくださいぃ!」
 だらしなく口を開けたまま、彼女は欲求に任せて俺を求めて来るのだった。
 部屋の中に響く結合部がぶつかる音、こうなればもう我慢も遠慮も要らない。
 ペースも考えないままに彼女を貫き続けていく俺に、強い射精感が襲ってくる。膨張を始め
た物を感じて、同じく限界が近づいていた朝比奈さんの内部が収縮を始めた。
「あん! あ、キョン君……はぅ……だ、出してぇ……出してください……このまま、中にく
ださいぃ……あああああ! い、一緒にぃ! 出してぇ!」
 朝比奈さんっ!
 搾り取られる様な感触を堪えていた俺は、彼女の最も深い場所に届く様に腰を押し付けて我
慢を解き放った。股間が蕩ける様な快楽が下腹部を突き抜けて、彼女の中を満たしていく。
「あうっ!! ……あ…………出てる……キョン君のが……出てます……」
 幸せそうな顔で彼女は微笑み、そのままゆっくりと目を閉じて俺の胸の上に倒れこんできた。
 
 
 数時間後、未だに彼女は俺の胸の上で眠ったままで目を覚まさないでいた。
「……すぅ……すぅ……ん……」
 時折幸せそうに微笑む朝比奈さんを起こすのも忍びないので、俺はじっと彼女の寝顔を眺め
ながら目を覚ますのを待っている。
 ――彼女は、気づいているんだろうか?
 これまで、このラブホテルに来たのは全て朝比奈さんに誘われての事だった。
 そして、その理由は全て禁則事項。
 そう言い続ける彼女に、俺は疑いもせず肯き続けて関係を続けてきた。
 だが、今ここに居る理由は違うんだ。
 何故かと言えば、今日ここへ誘ったのは俺からなのだから。
 こうしている事に、未来人の都合なんて微塵も関わらない。これはただ、お互いに求めあう
だけの情事でしかない。
 ……もしかして、実は最初から全部そうだったのでは?
 その指摘したら彼女は何て言うのだろう?
 胸の上で静かに寝息を立てる彼女の髪を撫でると、彼女は眠ったまま嬉しそうに頬を摺り寄
せてくる。
 聞くまでも無い、真実なんかよりもっと大切な物が世の中にはあるはずだ。
 ――優しくするなら最後まで優しくするのが愛情だ……違うかい?
 満ち足りた幸せな時間に、俺はこれからもこの愛らしい天使に騙されていこうと決めた。
 
 
 「マグニチュード」 〜終わり〜