それは、特に何かが起こりそうでも、またハルヒの暴走に巻き込まれそうな予兆がある訳で
もない、ごくごく平凡な平日の休み時間での出来事だった。
 常日頃そうしている様に、半覚醒状態で授業時間を聞き流していた俺は、はてさて今は何時
間目の休み時間で、今日の弁当の中身は何なのだろう? 等と夢想していた時、その違和感に
気づいた。
 適当に巡らせた視線の先、悪友である谷口の机の前には国木田が居て、二人は他愛もない雑
談をしているように見える。
 しかし、その時の二人の間にはただの友達ではない一種の連帯感というか……不思議な空気
がある様に感じられた。
 あ、ちなみに男性同士の恋愛とかそんな感じではない。
 なんていうか、こっそり楽しんでる共通の趣味とかそんな感じだな。
 ……別に人がどんな趣味を持っていようが、俺には関係ないし思想の自由は万人に保障され
ている物だ。
 そう思いながらも……まあ、解りやすく言えば退屈を持て余していた俺は、わざわざ教室の
後ろから廊下へと抜けだし、気取られないようにそっと二人の近くへと忍び寄ってみた。
 ――よし、気づかれてないな。
 多少離れてはいるが、何とか二人の会話が聞き取れる場所まで接近した俺は、大人しく携帯
をいじりながら事の成り行きを見守る事にした。
「今月の良かったよ。あれ、谷口なんでしょ?」
「もちのロンだぜ! いやー、休日潰して1日張り込んだ甲斐があったってもんだ」
 二人の会話の中心は、どうやら互いの手にある小さな広報誌の様だ。
 見た感じ、作りも適当で商業誌の様には見えない。
「でもこれ会報に上げて良かったの? 僕なら、一人で家宝にすると思うけどな」
 家宝?
「おいおい? 貴重な物はみんなで分かち合うべきだろ? ……まあ、これに反応して投稿さ
れた画像を集めるのが目的なんだけどな」
「だと思った」
 意味不明な会話だが、どうやら何らかの趣味による集まりに二人は参加している様だ。
 一緒に居る時にそんな話は聞いた事が無かったから、恐らく最近の話なのか、俺には話しに
くい内容なんだろう。
 ……盗み聞きするってのも趣味が悪いか。
 今更だが罪悪感が芽生えだし、こそこそとその場を立ち去ろうとした俺の耳に、
「それにしてもやっぱり朝比奈さんは天使だよな! 一度でいいからあの人の生着替えを拝ん
でみたいぜ!」
「ってちょっと待てーい!」
 思わず俺が立ちあがったのは言うまでも無い、ああ立ちあがらせてもらおうじゃないか。
「うぉわっ?! キョ、キョンお前、何時からそこに?」
 そんな事はどうでもいいんだ、
「谷口。お前今何て言った」
「え、だからお前はいつからそこに居たんだって」
 違うっその前だ! お前、朝比奈さんの生着替えがどうとか口走ってただろ。
「さあ、記憶にねぇなぁ……。聞き間違いか何かだろ」
 ほほう、とぼけるつもりか。
 俺もさっきの発言だけでお前を問い詰めるつもりはないんだ、だが問題は
「あっ! おい待てっ!」
 谷口がこそこそと隠そうとしていた広報誌を奪い、そこに掲載されていた記事を俺はあえて
音読し始めた。
「え〜……今週初め、駅前のコンビニで朝比奈さんを発見。彼女はなが〜いよ、と書かれた菓
子パンを1本といちごみるくを購入。レジにて精算時、後ろに並んでいた小学生らしい男の子
と談笑、支払いを終えて、購入した物を置いたまま店を出る……さて、この記事とここに掲載
されてるどうみても盗撮な写真について、お前の弁論を聞こうか」
 場所はコンビニの店内、子供の前に無防備にしゃがんで色々と見えそうなお姿の朝比奈さん
の写真を指差し、俺はそう指摘してやった。
 まったく、この写真が見えてなかったら逃げ切られる所だったぜ。
「あっいや、そのつまりだな……」
 慌てるだけで反論できないでいる谷口だったが、同じ広報誌を持っている国木田は冷静な顔
をしていた。
「国木田。谷口はともかく、お前までこんな趣味があるとはな」
 正直意外だ。お前は谷口の暴走を止めてくれる数少ない理性派だって思ってたのに。
「ん〜言い訳にしかならないけどさ、キョンはSOS団に居るから僕達の気持ちが解らないん
だと思う」
 お前らの気持ち……だと?
 それと盗撮にどんな関係があるんだ。
 俺の手から広報誌を受け取りつつ、
「キョンも知っての通り2年の朝比奈さんは学校1のマスコットキャラ。そんな彼女にファン
がつくのは当たり前じゃない」
 そいつは解るが、盗撮行為は犯罪だ。
「それはまあそうなんだけどね。でもさ、僕達がこうやって彼女をこっそりと観察してるおか
げで、彼女の危険を未然に防いでるって事もあるんだよ」
 どう考えてもそれはストーカーの詭弁だ、しかも常習犯っぽい。
 変わってしまった友を前に、頭を抱えていると
「だいたいなぁ! キョン、お前は恵まれすぎてるんだよ!」
 お、ようやく復活したのか谷口。
 誰が何に恵まれてるだって?
「お前の学校生活が、だ! あの朝比奈さんと放課後に部室で一緒に過ごせるなんて1時間い
くらのプレイだよ?! どうせ同伴出勤とかもしてんだろ?」
 今の台詞、高校生らしい発言で頼む。
「朝比奈さんの傍に居たいんなら、SOS団に入ればいいだけの話じゃないのか」
 お前らならハルヒも拒否しないだろうし、俺としても雑用要員の頭数が増えるのは嬉しい。
「へっ、朝比奈さんの傍に居られるのは確かに魅力的だけどな、放課後まで涼宮に付き合わさ
れるなんてのはまっぴらごめんだ」
 えらく嫌われたもんだなぁ、ハルヒ。
「ま、とにかく僕らはキョンの事を羨ましく思う朝比奈さんが好きな集まりって事。もし気が
向いたら、朝比奈さんの秘密情報とか教えてよ」
 そう言いながら、国木田は自分が持っていた広報誌を一部俺に分けてくれた。
 広報誌の右端上部、そこにあった名前は――「AML団月報」
「朝比奈、みくる、LOVE、だ!」
 いや、聞いてないから。教えてくれなくていいから。
 ま、犯罪行為だけはくれぐれも自重してくれよ?
 そう言い残してその場を去った俺は、この件に関してこれで終わったのだと思っていた訳だ。


 週末、例によってハルヒ指示による意味不明な行動を余儀なくされる事になった俺は、代車
に乗せた大量の段ボール箱が崩れない様に気をつけながら電車に揺られていた。
 それは前回の映画の時、奇特にもスポンサーになってくれたヤマツチモデルショップから預
かった荷物なのだが……何が入ってるんだ? この箱の山。
 中身を知らされないまま渡された段ボールは結構な数で、学校までの坂道は古泉と一緒に運
ぶ手筈なんだが、肝心の今日の行動について、俺は何も知らされていない。
 ……ま、別にいいか。
 どうせろくでもない事なんだろうし、悪事の片棒を担ぐ事になるんなら、せめて知らず知ら
ずの内に済んでてくれたほうが精神的に楽ってもんだぜ。
 高校生らしからぬ処世術を身につけてしまった我が身を嘆く内に、電車は緩やかなカーブを
描いて構内へと滑り込んで行った。
 駅を出て、古泉相手に取り留めのない雑談をしつつ台車を押して坂道を上る事数十分
 坂道をようやく登り終えた俺が見たのは、校舎の壁にかかった大きな垂れ幕。そこに書いて
あったのは――


『サバゲー in 北高』 〜男の子の戦い〜


 ようやくかかったタイトルコールなんだが……帰っていいかなぁ、俺。
 隣で笑う古泉に問い詰める気にもならず、とりあえず俺は学校の敷地内に足を踏み入れた。


 ――校舎にかかった垂れ幕は別として、それ以外は特に校舎に内に目立った変化は無かった。
 あんな垂れ幕とか準備してやがった時点で、学校の敷地内は文化祭並みの状態なんじゃない
かて想像してたんだが、どうやらそれは杞憂に済んでくれたらしい。
「涼宮さんは中庭で待っているはずです」
「そうかい」
 足元がアスファルトからクレーに変わり、がたがたと代車を鳴らしながら歩いていくと
「やっと来たわね〜遅いじゃないの!」
 中庭に設置された白いテントの下から、ハルヒが走り寄って来た。
「あんた達が遅いせいで開始時間ぎりぎりじゃない!」
 そうかい、そいつは悪かったな。
「じゃあ伝票のこの辺にサインかハンコをくれ、俺は伝票を持ってここで帰るから」
 Eコレクトでもいいです。
「何ふざけた事言ってるの? ほらほら運ぶ運ぶ!」
 駄目か。
 ハルヒに押されながら中庭に到着すると、意外な事にそこには大勢の人が集まっていた。
 その中には見覚えのある顔ぶれがあちこちに見え……っておいハルヒ、いったい今日は何を
するつもりなんだ?
 こんな大人数を集めて、学校でも占拠するつもりなのかよ。
「あんた、入り口にかかってた垂れ幕見なかったの?」
 見なかった事にして帰りたい。
「ちょうど今から開会式だから、心して聞いてなさい? ――えーごほん! みなさん! お
はようございます!」
 中庭の中央、おあつらえ向きに設置された壇上に上ったハルヒは、回りの視線が十分に自分
へ集まったのを確認した後、
「本日はお忙しい中『朝比奈みくるちゃん杯 サバゲー in 北高』へようこそお越しください
ました!」
 等と意味不明な事を言っており、現在検察側から精神鑑定が依頼されています。
「「「おおおおーーーー!!!」」」
 って、何だこの盛り上がりは?!
 ハルヒの声に溜息で答えるのは俺だけで、周囲のギャラリーは何故か歓声を上げている。
 っていうか朝比奈みくるちゃん杯って何だ? それとサバゲーってのは何の関係が?
 疑問が疑問を呼ぶ中、
「じゃ、今から簡単にルールを説明するわね」
 ハルヒの口から、事の全容が明らかにされたのだった。


 ――それから5分間程続いた説明内容については、出来れば綺麗に忘れて今日は家に帰って
シャミセンの相手でもしていたい。
「おや? 本当にそれでいいんですか」
 うるさい、馬鹿、黙れ。
 それが出来ないからこそ、俺はこうして説明書を読んでるんだろうが。
「その言葉を聞いて安心しました。せっかく涼宮さんのストレス発散の為の企画も、あなたに
帰られてしまっては無意味ですからね」
 お前が世界の平和の為とやらに俺を使うのはいい、まだいい。
「悪いが、知り合いとは言え手加減無しだ。今回ばかりは本気でやらせてもらうぞ」
「了解です、健闘をお祈りしていますよ」
 くそっ、あの顔は何か考えがあるって感じだな?
 余裕気な顔で立ち去った古泉も気になるが、今は人の事を気にしている場合じゃない。
 とりあえず、何とか開始時間までに戦場に出られるだけの準備を終えないとな……。
 ――ハルヒが考案したこのサバゲーとは、生存を目的とした生き残りゲームではなく、いわ
ゆるモデルガンでの撃ち合いを指すサバゲーだったようだ。
 まあ、生き残りゲームじゃなくてまだ良かったかもしれんが。
 とりあえず説明書を読み終え、状況把握とばかりに中庭を歩いていると、
「はいはい並んだ並んだ〜料金はなるべくお釣りが出ない様によろしくぅ! ちなみにメニュ
ーは、ヤマツチモデルショップの一押し商品ばっかりだからね! マルイのファマスが2万6
千円! 弾薬は無料で撃ち放題!」
 意識するまでもなく聞こえてきたのは、鶴屋さんの明るい声だった。
 まあ、明るくない鶴屋さんの声なんて聞いた事がないんだが。
 何故か駆り出されたらしい鶴屋さんによって、さっき運んできた段ボールの中身は俺がこう
して見ている間にも次々と参加者によって購入されていく。
 殆ど定価で売ってるのに、普段は山積みのはずの商品がこんなに飛ぶように売れる理由――
それは、あれなんだろうな。
 本校舎の一角、中庭に面した教室の中には朝比奈さんの姿があり、教室の中からは見えない
のだろうが、その教室の外壁には『優勝賞品 みくるちゃんとのコスプレ写真撮影権』とでか
でかと書かれたポップが立ててあった。
 俺の視線に気づいた朝比奈さんは、やはりというか自分の置かれた立場を知らされてないご
様子で、可愛く笑顔で手を振ってくれている。
 ……ま、別にここまではいいんだよな。うん。
 ハルヒが朝比奈さんを使って何かを企むのは何時もの事だし、その内容にしたってコスプレ
写真の1枚や2枚くらいなら普段より良心的だ。
 ただ、問題なのは。
『撮影の際に選んだコスプレ衣装は、優勝者に進呈します』
 説明用パンフレットの最後に書かれたこの一文である。
 部室の片隅に並んだ朝比奈さんの衣装の数々、もしあの衣装ががこの参加者の誰かの手に渡
ったりでもしたら……考えただけでも恐ろしい。
 とりあえず弾の装填方法とガス缶の使い方の確認を終え、俺は敵情視察の為に中庭をうろつ
く参加者を確認に向かった。


 居るだろうとは思ったが、谷口だけじゃなく国木田まで居やがる。
 他にも見覚えのある同級生達の顔に、溜息をつきながら歩いていると
「あっキョンくんこっちこっちー!」
 売り子をしていた鶴屋さんが俺に声をかけてくれた。
「どうも、盛況ですね」
 見ればあれだけあった段ボールは全て空になっていて、テーブルに並んでいたモデルガンの
山も無くなっている。
「みくるの写真付きってだけなのに定価でばんばん売れるんだもん、もう笑いが止まんないね!
しっかし流石ハルにゃんだよ、ヤマツチモデルショップから販売額の1割を貰うらしいけど、
これだけ売れれば次の映画の製作費には十分じゃないっかな!」
 なるほど、そんな理由だったのか。
 見れば、優勝はそもそも諦めているのか、朝比奈さんの生写真だけで満足とでも言いたげに
早々と帰り支度を始めている人まで居る。
「あれ、でも鶴屋さんはどうしてここへ?」
 売り子なら、長門にでも頼めそうな話だが。
「ん〜みくるが景品って聞いてたから参加するつもりで来たんだけど、貰えるのはみくる自身
じゃないんでしょ? それなら別にいいやって」
 あはは〜面白い冗談ですね。
 鶴屋さんの顔はどう見ても本気だったが、何となく見なかった事にした方がよさそうだ。
「ね〜それよりキョンくんさぁ、本当にそれでいいの?」
 それって、何です?
「キョンくんの選んだ銃の事だよっ! それってガスガンだけどいいの?」
 鶴屋さんが指摘した通り、俺が持っているのは他の参加者が持っているような大型の電動ガ
ンではなく、ガス圧のよって弾を撃つスタイルの物だった。
「小さくて手頃だったから適当に選んだんですが」
 というか、俺が購入できる値段の銃はこれしか無かった。
「デザートイーグル50AEは確かに名銃だけど、ハンドガンなんてサバゲーじゃマニア向け
だからお姉さん心配だなぁ……」
「そうなんですか?」
 これ、カッコいいのに。
「ちょいっと貸してね? ん〜ガスブローバックでリコイルまで再現って方向性は愛したいけ
ど、ガスガンじゃ連射性がどうしても足りないのがねぇ」
 そんなもんなんですか。
 サイズの割にはずしりと重いその銃を、軽々と指先で扱って見せる鶴屋さんの発言は、正直
俺には殆ど解らなかった。っていうか、何でこの人モデルガンにそこまで詳しいんだ?
「まあ、悲観的なことばっかり言ってても仕方ないよね。それに校舎内って事を考えると、ハ
ンドガンでもそこまでハンデはないかもしれないしさ」
 なるほど、確かにこの銃には飛距離は望めそうにない。
「あ、それもだけど。銃身の長い銃は狭い所だと振り回せないし据銃出来なくなる状況がある
けど、その点ハンドガンは使う場所を選ばないのさ」
 等と当たり前の様に話す鶴屋さんに、俺は壊れたおもちゃみたいにただ頷くばかりだった。
 それから、銃の構え方から照準の合わせ方まで一通りレクチャーを受けた頃
『あーあー。競技開始10分前です! 参加者は各自自分の好きな場所に移動してください。
競技範囲は北高校の敷地内、狙撃ポイントを探すも良し、どっかに隠れて膝を抱えて神様にお
祈りをする準備も良し、皆さんの健闘を祈ります』
 校舎に取り付けられたスピーカーから、ハルヒの声が響いてきた。
 どこにもハルヒの姿が見えない所を見ると、放送室でも占拠してるのかもしれん。
 さて……じゃあ俺も行くかな。
 ハルヒの発言を聞く限り隠れるのはありみたいだし、制限時間ぎりぎりまで部室でお茶でも
飲んでればいいかもしれん。
「鶴屋さん、色々とありがとうございました。出来る限り頑張ってみます」
 参加者全員に配られたゴーグルを装着しながら、俺は頭を下げた。
「ほいさぁ! あ、そうだ最後にお姉さんがいい事教えてあげよう〜」
 いい事?
 部室棟へと向かっていた足を止め振り向いた俺に、子猫の様に飛びついた鶴屋さんは――耳
元でそっとある秘密を教えてくれた。
 あ、そんな事ができるんですか。
「えへへっ、参考になったかな?」
 もちろん、使えそうな時が来たらやってみます。
 笑顔で手を振る鶴屋さんに見送られながら、俺は足早に部室棟へと入って行った。


 さて、今更だがこのサバゲーのルールを説明しよう。
 さっきのハルヒの放送でもあったように、場所は北高の敷地内限定。競技前に購入したモデ
ルガンでペイント弾を撃ちあい、体に20発弾を受けた人から退場。制限時間終了後、一番弾
を当てた人が優勝となるらしい。
 同点の場合は、被弾数で決めるそうだ。
 そんないくらでも捏造が出来そうなルールが、こんな広い場所でのゲームで果たしてちゃん
と機能するのかと思えば、
『なお、競技の内容はリアルタイムで映像監視してるから不正が出来るなんて思わないように』
 そこかしこに取り付けられた監視カメラと、恐らくこのカメラの向こうで状況を見ているは
ずの長門が居る限り機能してしまうんだろうな。
 別に長門が監視してるって聞いた訳じゃないが、あいつ以外にそんな事が出来る奴が居ると
も思えない。
 見れば監視カメラには値札がついたままで、どうやらこれはヤマツチモデルショップの商品
らしい。
 ……ここまで入念な下準備がされてるって事は、どうやらあの馬鹿は本気のようだ。
 このイベントの目的が映画撮影の為の資金作りなのか、はたまたついでに映画の宣伝も兼ね
ているのかどうか何て事は知らないが……俺は部室唯一の良心として、朝比奈さんのコスプレ
衣装を守る為に戦うだけだ。
『開始1分前』
 さて、いよいよか。
 俺の持ってるハンドガンじゃ弾数的に長期戦は無理だろうし、ここは大人しく部室に隠れて
いるのが正解だろう。
 部室の扉の鍵を確かめ、俺はパイプ椅子に座ってモデルガンの中にマガジンを装填した。
 マガジンが上底を叩いてスライドが戻る衝撃と共に、重厚な金属音が部室に響く中
『競技開始!』
 ついに、戦いの火蓋は切って落とされた。


 競技開始後、長門が座る窓際の下へと移動した俺が見たのは――なるほど、どうりでこんな
イベントを学校で開ける訳だ――生徒会の生徒に守られながら中庭で熱心に指揮を執る、生徒
会長の姿だった。
 カメラ越しにハルヒに見られてる可能性を考えてなのか、窓越しに聞こえてくる口調は普段
の真面目な物だったのだが、彼の頭に巻かれている鉢巻きに書かれた「みくる☆LOVE」の
文字が何もかもを台無しにしている。
 もしかして、あれも演技の一つ……じゃないっぽいな。
 あの目はガチだ。
 ゲームに使われているペイント弾の色はよりによって「赤」で、まるで内戦の最中の様な凄
惨な光景がそこかしこに広がる中
『吉崎、山根。退場』
 長門のぽつぽつとした口調で名前が読み上げられるたび、悲鳴と歓声が上がっては銃撃音の
前に消えていった。
 どうやら、組織戦ともなれば生徒会に一日の長があるって事らしい。
 っていうか、会長率いるあの集団の動きって今日初めてサバイバルゲームをしてるとは思え
ないんだが……生徒会って普段何をやってるんだ?
 またたく間に中庭の制圧を終え、次なる獲物を求めてグランドへと向かう生徒会一行を、俺
は窓の端に隠れながらそっと見送った。
 まずいな……もしこのまま俺が最後まで隠れて居られたとしても、会長達が他の参加者達を
倒してしまったら、当てた方のカウントがあるから結局優勝出来ない。
 このまま時間が過ぎれば不利になるのでは?
 一瞬、玉砕覚悟で挑んでみようかとも思ったが、モデルガンの質も扱いも人数も負けている
現実を前に思い留まった。
 だいたいだ、俺の持ってる銃のマガジンは25発まで弾が入るが、一人20発で退場という
ルールがある以上、全弾命中でも一人しか退場させられないんだ。
 俺がポスポスと全弾を撃ちつくすまで、相手がじっとしていてくれるわけがない。
 ええい、ゲーム開始と同時に手詰まりかよ。
 せめて俺にも味方が居れば少しは何か出来そうなんだが……賞品が賞品だけに、参加者の中
には誰一人として味方は居な――ん?
 このゲームに参加してる奴の目的は朝比奈さんである以上、確かに味方は存在しない。
 だったら、このゲームに参加してない奴なら?
 俺は携帯を取り出し、この状況を打開出来るであろう人物へとさっそく電話をかけてみた。


「何、今忙しいんだけど」
 通話開始と同時、電話口から聞こえてきたのはおもいっきり不満そうな声だった。
 いきなり何を怒ってるのか知らんが、今の所お前の思った通りにイベントは進んでると思う
んだがな。
 っていうか、
「ハルヒ。俺は長門の携帯に電話したはずなんだが」
 何で当たり前のようにお前が出るんだよ。
「ずっと部室にこそこそ隠れて動かないあんたと違って、有希は今忙しいからあたしが代わり
に出てあげたのよ」
 そうかい。それが本当かどうかはまあいいとして
「ともかく長門と代わってくれ」
「いや」
 何で。
「あんたはSOS団の一員だけど今はゲームの参加者じゃない、どうせ有希に自分の点数に手
心を加えて欲しいとか頼むつもりなんでしょうけど、そんな反則は絶対認めないからね」
 まあ、反則的な事を頼むつもりってのは否定出来んが……。
「だいたいね、何であんたまでこのゲームに参加してるのよ? しかもあたしに黙って!」
 おい待て、それはどういう意味だ。
「聞いたままの意味。……あんた、そんなにみくるちゃんの事が好きだったの? この変態っ!」
 お前が企画したイベント参加者を全否定すんな。
 ……ったく古泉の奴、何が「俺に帰られては困る」だ。どうやら参加した方が世界の危機だ
ったらしいぞ。
 それにハルヒ、朝比奈さんの様な可憐な天使様に恋焦がれるのは、男という生き物を生物学
的に見てもごく自然な思考で間違いない。
 だがまあここは言いなおしておくべきだろう、
「俺はただ、イベントの賞品になってる朝比奈さんの衣装を守りたいだけだ」
 他に他意は無い。
「なっ何開き直ってんの? 余計に変態じゃない!」
 意味が解らん。
「全く……みくるちゃんの衣装がどうのと、あんたそれでもSOS団の一員なの?」
 その前に、一人の男であり朝比奈さんの味方だ。
「まさかと思うけど、あんたこのイベントの趣旨を忘れたんじゃないでしょうね」
 知るか。
「そもそもお前からそんなもんは聞いた覚えがないが、どうせ映画の第二弾の資金作りと宣伝
を兼ねてるとかだろ?」
 鶴屋さんの話を聞く限り、そうとしか思えん。
「ふ〜ん。あんたにしては結構解ってるみたいだけど、残念ながら肝心な部分が抜けてるわ」
 何がだ。
「いい、前回の映画に足りなかったのは何」
「常識だな」
 後、スタッフへの配慮と時間配分、ついでにこんな映画は上映するのを止めようと口にする
勇気か。
「そう、常識を覆す様なアクションシーンよ!」
 誰もそんな事は言ってないんだが?
「映画を撮影してる時、みくるちゃんと有希の戦闘シーンには迫力が欠けてるってずっと思っ
てたの。でも大量の火薬を売ってくれるお店がどうしても見つからなくって」
 ……陰でそんな事してやがったのかお前は。
 ぎりぎりの所でお前の常識が勝った事だけは評価してやろうか。
「それで結局花火で代用しちゃったけど、映画の第二弾を成功させる為には大掛かりなアクシ
ョンシーンが必要不可欠だって思ったわけ!」
 なるほどな。
 このやたらと設置された監視カメラも、参加者の使うモデルガンを指定したりしたのも、つ
いでに言えばペイント弾にわざわざ赤い色を選んだのも。
「そ。映像をそのまま映画に使えるからよ。あんたも死体役で使ってあげるから、さっさとそ
こから出て派手に討ち死にしてきなさい」
 お前に著作権の概念が無いのは解ったよ。だがなハルヒ、お前このままの展開でいいのか?
「このままって何よ」
「だから、映画に使うにしても生徒会が一方的に勝利する絵で不満が無いのかって事だ」
 モデルガンが同じなら一対一の状況では互角かもしれんが、集団で参加してる時点で生徒会
に勝てる奴は居ないだろ。
「それはあんたが不甲斐ないからじゃない!」
 ハンドガン一つしかない俺に無茶を言うな。
「ともかくだ、お前がこのまま生徒会の一方的な勝利でイベントを終わらせたくないなら、大
人しく長門と電話を代われ」
 そうしない事には何ともしようがない。
「……有希と電話して、どうするつもりなのよ」
 それを今ここで聞くのかよ?
「生徒会長は集団での参加がルールに書いてなかったから集団で参加してるんだろ? 同じ様
に俺もルールに書いてない作戦を一つ思いついたんだが、それには長門の手助けが要るんだよ」
 これで説得できなければどうしようもない。
 そう思いつつもじっとハルヒの返事を待っていると、
「もしもし」
 淡々とした感情の感じられない声が、電話口から聞こえてきてくれたんだ。
「長門、お前の事だから話は聞いてたかもしれんが一つ頼みがあるんだ」
「何」
 携帯で話を続けながら天井に付いている監視カメラの一つを指さし、
「このカメラの映像って、お前が監視してるんだろ?」
「そう」
「じゃあ、俺が今隠れてる部室のパソコンに、その監視映像を送る事って出来るか?」
 それが出来たら、俺はただの参加者ではなくなる。
 返事が来る前にパソコンを立ち上げ始めた俺の耳に、
「出来る」
 長門からの返事が届いた、が
「あなたの要求を受け入れる代わりに、一つ条件がある」
「条件?」
 長門が俺に何かを頼むってのは意外な事なんだが、
「貴方が優勝した場合、衣装の選択の際にバニーガールの衣装を選んで欲しい」
 その内容もまた、予想外なものだった。


 長門の出した交換条件の意味はさっぱり解らなかったが、そもそも俺に残された選択肢は一
つしかなかったんだ。
 ここでじっとしたまま制限時間の終わりを迎えるよりは、朝比奈さんにバニー姿になって頂
く方がいいに違いない。
 ……ちなみに、もし俺が優勝出来た場合、俺は朝比奈さんとコスプレ無しの写真撮影をする
つもりだったんだが、多少予定が変わっても朝比奈さんの衣装が守られるのなら結果としてそ
れは誤差の範囲内だろう。
 あの麗しくも目のやり場に困る様な朝比奈さんのバニー姿にまた会える事に対して、特別な
期待なんて少しもしてはいない。
 もし俺の目尻が下がっている様に見えたら、それは目の錯覚って奴だろう。
 そんな事を考えている間にも、パソコンの中では生徒会による一方的な戦闘が続行されてい
た。会長だけでも倒せればと考えて特攻する奴も何人か居たが、結局会長まで辿り着く事が出
来ずに次々と退場していく。
 ま、目と銃の数が違うんだから当たり前の結果なんだろうが……いつまでも生徒会の好きに
させる訳にはいかないな。
 モニターから目を離さないまま、俺は携帯を取り出して画面の中で座る男を呼び出した。
「……何の用だ」
 何だ、ずいぶん機嫌が悪いじゃないか。
「うるせえ、こっちが今忙しいのは解ってんだろ?」
 不満げな返事を返す谷口は、
「確かに、上から狙撃しようと思って屋上に来たのはいいが、スコープが無い上に風が強くて
何も出来ず、ただうろうろと歩き回るのは忙しそうだな」
 その俺の言葉に、モニターの中で男は足を止めた。
 殆ど銃の知識なんてない俺にも、谷口の持ってる銃には見覚えがある。
 M16。あの世界一有名なスナイパーが使ってるカスタム銃の、元となった銃のはずだ。
 そのイメージだけで狙撃に使えるとでも思って屋上に来た……まあ、そんな所だろうさ。
「……なあキョン。お前、今どこに居るんだ?」
 そんなに慌てて周りを見なくても、お前に弾が届く場所に俺は居ないぞ。
 いかん、これは癖になるかもしれんな。
 自分が一方的に相手を見ていられるってのは、何ていうか相手より優位に立ってるような感
じがして危険だ。
「じゃ、じゃあ何処に居るんだよ」
「部室だ」
「はぁ? 部室棟に居て、本校舎の屋上に居る俺が見えるはずがねーだろうが」
 そりゃまあ、普通ならそうだよな。
「谷口。お前の立ってる壁についてるカメラがあるだろ? それが今の俺の目だ」
 そう答えを教えてやると、壁に背を付けて立っていた谷口が慌てて見上げる顔が、モニター
の中の小窓にアップで写し出された。
「な、何だよそれ? 反則じゃねーか!」
「何がどう反則なのか言ってみろ」
「だから、カメラで相手の動きが解ってたら待ち伏せするのなんて簡単じゃねーか」
 ふむ、真正のアホだなこいつ。
「なあ谷口、俺は確かにカメラを通して学校中の様子が見えてるが、さっきも言ったが体は部
室にあるんだ。その俺がどうやって待ち伏せに行くんだ?」
「あ」
 やれやれ、やっと解ってくれたか。
「つまり……俺が目になってお前が体になれば、お前が言ってる様に反則的なレベルで有利に
なるって事だよ」


「じゃあ僕が先行するね。相手の反撃が始まったらすぐに二階に上がるから、谷口は追手をや
り過ごしてから後ろを取って」
「おうよ。キョン、タイミングは任せたぞ」
 ああ、国木田の射程に敵が来るまでまだ時間があるから弾の確認だけしておいてくれ。
「了解」
 三者通話で繋がるイヤホンマイクから聞こえる声に答えつつ、俺は気ぜわしくモニターの中
のカメラの画面を切り替えて人の動きを追っていた。
 あの後、谷口よりも遥かに早い時間で国木田を仲間に入れる事に成功し、俺達は今チームと
して生徒会との抗戦を続けている状況だ。
 すでに何度かの戦闘を終え、お互いの役割分担にも慣れてきている。
「もうすぐそっちに敵が行くぞ、今正面玄関から入ってきた所だ。人数は三人で、みんな生徒
会のバッチを付けてる」
「なあキョン。そいつらの中に生徒会長は居るか」
 ん……いや、この中には居ない。確か生徒会室に籠ってたと思うぞ。
「そっか、あの人だけは出来るだけ早く退場させておきたいんだけどな」
 いったい谷口が生徒会長の何を気にしているのかは気になったが、
「もうすぐ射撃距離に入る、国木田は安全装置を外して待機」
 今はそれを聞く時間は無さそうだ。
 俺の声に反応するように、モニターの中で国木田が安全装置を外してフルオートモードに切
り替えていた。
 国木田の選んだモデルガンはファマスって名前らしい。俺にはこれがどんなモデルガンなの
かは解らないが、見た感じは市街戦向きの少し短めの小銃に見える。
 その銃を体で隠すようにして縦にして持ったまま俺の合図を待っていた国木田は、
「今だ」
 たまたま背後を確認する為に背を向けていた生徒会の連中の前に、勢いよく飛び出してトリ
ガーを引いた。
 カメラにはマイクが内蔵されていない為モニターからは音が聞こえないが、イヤホンマイク
からは連続したモーター音とペイント弾の射出音が途絶える事なく続き、不意を打たれた生徒
会はあっという間に赤く染まっていく。
 このままでも押し切れそうだが……被弾は抑えた方がいい。
「国木田は撤退。2階に敵の姿は無い」
「うん、解った」
「すぐに出られるようにしておいてくれ」
 さて、流石に一方的にやられっぱなしではいられないと思ったんだろうな。反撃の態勢が整
う前に逃げ出した国木田の後ろを、急いで生徒会の連中が追いかけて行く。
 やがてその姿が階段に消えたタイミングで、
「よし、二人とも今だ!」
「おうさぁ!」
「了解!」
 階段下のスペースに隠れていた谷口が、M16を手に退路を断つように立ち塞がったのに続
いて、進路の先では逃げたはずの国木田が階段の上に姿を表していた。
 相手の数は三人、こちらは二人。
 数の上では相手が有利でも、この地形の差では勝負にならない。
 上から下から降り注ぐ弾の雨、瞬く間の間に階段の中程には真っ赤な惨状が広がった。


「しっかし、まさかここまでうまくいくとはな」
 鼻歌混じりにカートリッジへと弾を補給する谷口の言葉通り、俺達の作戦は見事に成功して
いた。
 会長率いる生徒会のメンバーも半減させ、その他の参加者も何人か倒せた事もあり、二人に
は部室で休憩を取ってもらってる所だ。
 なんせ、俺と違って二人は肉体労働だからな。たまには休ませないとミスを招くだけだろう。
「カメラの視点が使えるのってこんなに有利なんだね、相手が倍の人数でも怖くないもん」
 そいつは心強いね。
 相手の位置が解った上での不意打ちと待ち伏せだけでも十分過ぎる程だが、屋外の歩いてた
敵への狙撃なんかはもう殆どチートだ。
「おいキョン、所でそのカメラってどんな感じに見えるんだ?」
「こんな感じだ」
 そう言って俺は、谷口にモニターを見せてやった。
「……あ、ここに写ってるのが」
「俺達だな」
「へー、凄い数だね。でもこんなに一杯の画面でどうやって誘導してたの?」
 そいつは簡単だ、なんせ殆どの画面が静止画だから誰かが動けばすぐにわかる。後は、その
動いた画面とその周辺の画像をサイズを大きくして見守ってただけだ。
「ん〜俺にはよくわかんねぇけど、まあキョンが出来るんだから大した事ないんだろ」
 そいつは事実だが、お前に言われると無性に腹が立つ。
「あ、この下にある名前と数字は?」
「そいつはカウンターだ。参加者の名前の横にHとDって項目に数字が入ってるだろ」
「どれどれ、俺はHが117でDは6か」
「僕はHが60のDが0だね。これって、ヒットとダメージって事?」
 そうらしいな。
 ちなみに、俺はHもDも0だ。当たり前だが。
「谷口凄いじゃないか、現在トップ独走だよ?」
「まあな、実力とだけ言わせてもらおうか」
 カメラの補助があってのイージーモードで偉そうにされてもなぁ。
 しかしまあ、このままでいけば谷口が優勝なのは間違いない。
 なんせ、谷口が問題視していた生徒会長は俺と同じでHもDも0。まだ生存している他の参
加者も、ここからの逆転劇は望めない成績だ。
「そういえば谷口、お前何で生徒会長の事を気にしてたんだ?」
「あ? ああ、あれか。まあこの数字を見る限り俺の気にしすぎだったのかもしれんが、あの
人の朝比奈さん好きは異常だ。この俺が言うってんだから間違いない」
 それ、自慢じゃないよな。
「AML団を作ったのも生徒会長だしね」
 なあ、AML団って何だ。
「もう忘れたのか? 朝比奈、みくる、LOV」
 もういい、思い出した。
 いちいちポーズをとって説明しなくていい。
 ストーカーまがいの月報を発行してたあの団体の事か、すっかり忘れていた。
 生徒会長がそんな団体を作った理由、それは古泉からの依頼による物なのか……それとも個
人的な趣味なのか。
 そんな事を考えていた俺の横で、
「所でキョン、これからの事だが……」
 モニターの数字を見ている内に、谷口も自分が優勝する可能性に気付いたらしい。
 穏やかな口調とは裏腹に、背中に回した手にはM16を隠し持っているのが見える。
 ついでに言えば国木田の奴も、話に関わらない振りをしつつ銃から手を離していない。
 やれやれ。
「このまま時間制限ぎりぎりまでここで待機して、俺達三人で決着をつける。これでいいか」
 パソコンデスクの下に隠していたデザートイーグルを握ったまま、俺はそう提案した。
 そもそも、俺達が協力し合ったのは生徒会の連中が居ては各自に優勝の可能性が無かったか
らでしかない。
 最終的には争う事になるのは、最初から解ってた事だ。
「俺はそれでいいぜ。まだ時間はあるから何か起きるかもしれねえし、今はまだやりあいたく
はねぇ」
 最初に銃を机に置いたのは谷口だった。
 現在のカウントが一番多い事もあり、いざとなれば逃げるつもりでいるんだろうな。
 国木田、お前はどうなんだ。
「僕もそれでいいよ」
 あっさりとうなずき、国木田も机の上に銃を置いた。
 そうかい、じゃあ決まりだな。
 この三人で勝負して俺が勝つ可能性ってのはかなり低いんだろうが、ここまで協力してもら
った相手を裏切ってまで優勝したいとは思わない。
 俺もまた、机の下に隠していた銃のスライドを開けて机の上に置いた。
 ――こんな悠長な事を言ってる辺り、いつの間にか俺達は、ただ優勝する事だけを考えてい
て、優勝賞品の事などすっかりと忘れてしまっていたんだろうな。
 協力して手強い敵に立ち向かう、まるでテレビゲームの様なシチュエーションに酔っていた
のかもしれない。
 しかし、追い詰められていた側の方は、そんな悠長な考えではいられなかった様だ。
「ん、おっおいキョン! これを見ろ!」
 たまたまモニターを見ていた谷口が大声を上げ、慌てて振りむいた俺が見たのは――いきな
りカウンターの数を増していく生徒会長のデータだった。
 増えていく数字はもちろんHで、それにともなってDが増えていくのは……マジかよっ?!
 殆どが制止していた画面の中一つだけ動いてた画面、それは生徒会室の中に取り付けられた
カメラからの画像だった。
 急いでその画面を拡大すると、そこには銃を構える生徒会長の姿、そして無抵抗のまま撃た
れ続ける生徒会メンバーが写されていた。
「味方を……撃ってるって事?」
「おいおいおい? ついに本気になりやがったのか?」
 あっという間にD20の表示が増えていき、長門によって退場者の名前が読み上げられた時
には
「……やっぱり、あの人だけは先に倒しておくべきだったんだ」
 生徒会長のHには、140という数字が浮かんでいた。
 途中からずっと生徒会室に籠っていると思ったら、まさかこんな奥の手を残していたなんて。
「キョン、他に残ってる参加者の居場所って解るかな」
「いや、さっきから探してるが駄目だ」
 多分だが、どこかカメラの四角になるばしょに隠れているんだろう。
 カウント上位になる事を諦めて、同士撃ちによる漁夫の利を狙ってるのか知らないが……不
気味だ。
「となると……俺達に残された選択肢は3つだな、一つはどこかに隠れている参加者を探しに
行く事」
 そいつは建設的な意見かもしれんが、どこに居るかも解らない相手を探すには競技範囲が広
すぎる上に時間が無い。
「もう一つは生徒会室に居る会長を倒してしまう事かな。いくらHを稼いでも、Dが20にな
れば退場なんだし」
 確かにそうだ。だが、
「向こうもそれは解ってるだろうから、俺達同様に部屋の鍵くらいはかけてるだろ」
 ハルヒだったら扉を破るって発想もあるのかもしれんが、俺はまだ常識人でいたい。
「残る最後の選択肢は、だ」
 そう言いながら谷口は一人銃へと手を伸ばし、
「俺がここでお前らを倒して、Hで会長を超えて優勝するって事だ」
 獲物を狙う目で俺達を見ながら、谷口はそう言った。
 確かに、常識で考えればそれ以外に会長の優勝を防ぐ方法は無いだろう。
「悪く思うなよ……お前らだって、生徒会長よりは俺に優勝された方がマシだって思うだろ?」
 そう言って銃を構える谷口だったが、やはりこの結末には納得がいっていない様だった。
 銃口は俺にも国木田にも向けられないまま、ふらふらと机の上をさまよっている。
 何か、何か他に方法は無いのか?
 今から別の参加者を見つけるのでも、俺達からカウントを取って優勝するのでもない、他の
方法が。
 ただ静かに時間が過ぎる中、
「あ、そうだ」
 国木田は場の雰囲気を無視した明るい声と共に手を打ち、
「いい事思いついた。谷口、僕とキョンを銃で撃っていいよ」
 両手を広げて、あっさりとそう口にするのだった。


 ――それから十分程が過ぎ、俺は部室の中に居た。
 国木田も谷口も、もうここには居ない。俺一人だ。
 静かに見つめるモニターの中では二つの人影が動いていて、それぞれからカメラへ向かって
合図が送られたのを確認した後、俺は予め携帯に作っておいた文章をメールで送信した。
 メールの相手は長門で、本文は「現在のカウント上位者をスピーカーで放送してくれ。放送
出来なければ、電話かメールで連絡して欲しい」これだけだ。
 この作戦がうまくいけば……会長は動く、絶対に。
 携帯電話に送信完了の表示が浮かび、俺が携帯を閉じると同時
『……ゲーム終了20分前、現在の成績上位者の発表を行う』
 スピーカー越しに、長門の声が響いた。
 同時に、モニターの中で国木田と谷口が表情を硬くする。
『あ、何それ面白そうね。あたしが代わりにやるわ』
 っておいハルヒ?!
 経験上、あいつが絡んだ時点で作戦が失敗に終わる事を連想した俺だったが
『ヒットカウント一位は――え”、なにこれ。ちょっと有希、これって何かの間違いじゃ……
当ってる? 本当? ……まあ、有希が言うなら……。え〜現在の一位は141ヒットで谷口
の馬鹿です、二位は生徒会長の140。以上』
 不機嫌そうな声で告げられたハルヒの放送によって、生徒会室で座っていた会長は慌てて立
ち上がるのが見えた。
 よしっ! かかった!
 勝利を確信していたのだろうか、すぐさま生徒会室から出ていく会長の顔に余裕はない。
 このタイミングじゃ谷口や国木田に今から電話を繋いでいたら邪魔になるだろうし、ここは
見守るしかないか。
 最悪、電話が使えないかもしれない事は話してはおいたんだが……電話が繋がって居ない時
にモニターを見守るのがこんなに不安だとは思わなかったぜ。
 やがて、そっと扉が生徒会室の内側に開き、会長が廊下に顔を出した。
 回りに敵が誰も居ない事を確認し、そっと会長は廊下を歩き始める。
 まだだ、まだ生徒会室に逃げられるかもしれない。
 手に汗を握ってモニターを見つめる中、ついに生徒会長の前に国木田が立ちふさがった。
 国木田の銃から弾が飛び出すのにあわせて、会長は即座に反応して廊下の壁に背をつけたま
ま反撃を始める。
 生徒会メンバーの指揮を執っていただけの事はあり、会長の射撃は正確で、次々と国木田の
服に赤い染みを作っていく。
 急げ谷口!
 思わずマウスを握る手に力を籠めた瞬間、ご機嫌な表情で国木田とは反対側から谷口が飛び
出すのが見えた。
 国木田と谷口は会長を挟んで向かい合っていて、ちょうど挟み討ちになっている。これで会
長の退場は間違いないと思われたのだが……連射を続けながら走り寄っていた谷口の顔が、驚
愕に変わった。
 何故なら、会長は谷口が現れたのを知るや否や――というか、口の動きを見る限り谷口は何
か叫びながら出てきたみたいだから、会長が気づくのは当たり前だ――それまで背にしていた
壁から離れ、国木田に背を向けて廊下の中央で谷口に銃口を向けたのだ。
 当然の様に火線を壁から廊下の中央へと振り始めた谷口を見て、生徒会長はその場に伏せな
がら国木田へと反撃を続ける。
 結果、谷口の撃った弾は目標を失ったまま飛んでいく事となり――その先に立っていた国木
田の体へと命中した。
 会長は背を向けたはずなのに飛んできた弾、それに驚く間もなく次々と弾は降り注ぎ
『国木田、退場』
 部室の中に、長門の無情な声が響いた。
 廊下に残された谷口と会長、現在の一位と二位との戦いはモニターの中で無音のまま続く。
 いくら射撃では会長に一日の長があるとはいえ、国木田相手にかなり被弾している状態では
五分五分の勝負のはずだ。
 固唾を飲んでモニター見守る中、僅か数秒後に決着はついてしまった。
『……』
 回線が開いたままのスピーカーから聞こえる音のある無音、その静寂を打ち破って銃撃戦を
止めた名前は――。


 部室の扉を叩くノックの音、すでに扉の前で待っていた俺はすぐに鍵を開けて扉をひらいた。
 そこには、
「へへっ……やってやったぜ」
 全身を真っ赤に染めた谷口が立っていた。
 ――モニターに写る谷口のDは18、紙一重の所で勝利の女神はこいつに微笑んだらしい。
「なあ、国木田はどうしたんだ?」
 見れば谷口は一人で、廊下にも国木田の姿は無い。
「あいつなら、生徒会長と一緒に先に中庭に行ったよ。会長の奴、一人じゃ歩けない程に疲れ
きってたからなぁ」
 なるほどな。
 ようやく手にしたと思った勝利が、こんな形で失われたんだ。事前に入念な準備をしていた
事もあり、ショックが大きいのも無理はないんだろう。
「さて、と。じゃあ決着をつけるか」
 軽く伸びをしながら、谷口はあっさりとした口調でそう言った。
「なあ谷口」
「あ」
 今更こんな事を言ってもなんだが、
「お前、ここに戻ってこないで隠れてたら良かったんじゃないのか? Hのカウントで一位な
んだから逃げ切れたんだろ」
 もしかしたらお前はそうするんじゃないかって、会長との決着がついた時から俺は思ってた
んだが。
「へっ、残った三人で決着をつけるって約束だっただろ? それに、国木田は俺のミスのせい
で退場になっちまった様なもんだからな。会長を誘き出す為にお前と国木田からカウントを貰
って……ここでお前まで裏切ったら、優勝する意味なんてね〜よ」
 俺から視線を逸らしたまま、谷口はそう早口で言いきった。
 そうかい。
 自分の言葉で恥ずかしそうにする谷口を前に、俺もテーブルの上に置いたままだった銃を手
に取った。
 ずしりと重い感触に、これがモデルガンなのだと解っていても心の何処かに抵抗を感じるの
が解る。
 握把から人差し指を上げ、スライドストッパーを外して装填が完了すると――お互いにもう
言葉は不要だろう。
 据銃すれば決着が付く、そう確信しながらお互いに銃口を上げ始めた瞬間だった。
 部室の出入口の前で対峙する俺の後方、部室の奥に置かれていた掃除用具入れの中から覗い
ていた銃口。
 そこから飛び出したペイント弾が、谷口の胸にいくつも赤い染みを作った。
 突然過ぎる展開に動けないでいる中、
『谷口、退場』
 まるで機械の様に淡々と告げられる長門の声。
「……」
 呆然とする谷口、そしてそれ以上に驚いていた俺が振り向き様に見たのは
「やあ、どうも」
 競技開始直後から姿を消していた超能力者、片手で持てる小さな小銃を手に笑顔でこちらを
見ている――古泉だった。
「先に言っておきますが、僕がここに隠れていた事に彼は関係していませんよ? 競技が始ま
ってすぐにここに隠れたんですが、彼が来てしまって出るに出られなくなり、こうして今チャ
ンスが巡ってきたから姿を見せただけです」
 軽い口調で言い切る古泉の声には、罪悪感等欠片も感じられなかった。
「……」
 確かに、だ。
 監視カメラを使って有利な状況を作り、放送によって会長を誘き出した俺達に、古泉のこの
行動を責める権利なんか無い。
 無いんだろうが、
「……すまん。キョン、後は頼んだぜ」
 歯を食いしばって部室を後にする谷口を前に、俺の気持ちは決まっていた。
 扉が閉められ、振りむいた俺の顔を見ると
「……怖い顔ですね」
 だろうな。
「先に言っておきますが、僕がこんな行動に出たのは、谷口君が優勝では涼宮さんは納得しな
かっただろうというのも理由の一つです。皆さんの行動を見ていて、こんな形で水を差すのは
心苦しいと本当に思っていましたからね」
 普段と変わらぬ笑顔を浮かべたまま、古泉は俺に銃口を向けている。
「他の理由ってのも聞いておこうか」
 全部聞いた上で、決着をつけてやる。
 あくまで軽い様子で、古泉は銃を持ったまま両手を上げて見せ、
「単純に、僕も優勝したいと思っているんですよ」
「……はぁ?」
 ちょっと待て古泉、お前今なんて言った?
「ですから、僕も朝比奈さんのコスプレ衣装にはそれ相応の興味がある……という事です」
 そう言いながら古泉は、自分の制服の襟の内側に止められていた小さなバッチを俺に見せて
きた。
 そこに刻まれていた文字はA・M・L……ん、これってどこかで。
「ってまさか! ……お前まであんなストーカー紛いの団体に参加してるとはな」
 これまで、お前の事はただの変な奴だと思ってきたが、今日からは列記とした変人として見
てやろう。
「僕が参加しているというよりも、あの団体を作ったのは僕と会長の二人なんですよ。朝比奈
さんに良からぬ事を考える人を組織的に排除し、適度に情報を流して暴走を抑える。全ては彼
女の為の団体だったのですが……どうやら、会長は本気だった様ですね」
 そうかい。
 俺には、そうして平静を装いながらも俺から銃口を下さないお前も同類に見えるんだがな。
「これは手厳しい」
 古泉の手にあるのは小型の小銃で、確かAKとか呼ばれてる銃のはずだ。
 残念ながら、どうみたってその銃は俺の持ってるデザートイーグルより連射性が無いように
は見えない。
 何とか一矢報いようにも、銃の性能差の前に俺が蜂の巣にされるだけなのは明白……か。
「カメラにマイクが無いからって随分饒舌だな、これがお前の本性なのか」
「……そうやって何か策が無いかと考えている様ですが、残念ですがここから逃がすつもりも、
逆転を許すつもりもありませんからそのつもりで」
 くそっ、こっちの手の内まで読まれてるってのかよ?
「できればこのまま、貴方には時間制限が来るまでじっとしていて欲しいのが本音です。ペイ
ント弾とはいえ、この距離ではかなり痛いはずですから」
 ああそうかい。
「もしかして、今の俺を脅してるつもりか」
「いえ、提案です」
 ……駄目だ、古泉が相手じゃどう頑張ってもイニシアチブは取れそうにない。
 普段はハルヒ相手にイエスマンになってるだけの男だが、これでも一応は世界を崩壊の危機
とやらから守っているつもりの超能力者だけの事はある。
 ここまで……なのか?
 長門を説得し、谷口や国木田の協力を得てやっと会長を倒せたってのに……これで終わりな
のかよ?
 諦めようとする気持ちを奮い立たせる為、競技開始前に見た古泉の憎たらしい余裕気な顔を
思い出していると――待てよ、そういえば競技開始前にこんな時には確か……。
 俺はずっと下したままだった銃を持っている手をあげ、古泉の体へと向けて固定した。
「……諦めては、もらえませんか」
「ああ。俺一人でここまで来たんじゃないんでな」
 一度も試してないから上手くいくかどうかは解らないが、やるだけやってやるまでだ。
「古泉、決着をつけるそ」
 そう俺が言いきっても、古泉はまだ動き出そうとはしなかった。
 俺の持ってるデザートイーグルでは、どんなに急いでトリガーを引いても1秒に1〜2発が
限度、それを古泉も知っているのだろう。
「どうぞ、いつ撃ってもらっても構いませんよ? 流石に撃たれっぱなしではいてあげられま
せんが」
 そして古泉の持ってるAKは、電動ガンである以上俺の数倍の速さで弾を撃つ事が出来る。
 電動ガンとガスガンという圧倒的なまでの性能差、それ故の余裕か。
「そうかい、じゃあ遠慮なく」
 俺は古泉の体の中央になるべく銃を近づけながら、銃のトリガー――ではなく、親指の上に
あるハンマー部を押しこんだ。
 ――ガスガンとは、カートリッジか銃の本体の内部に設置されたガスのボトルの中にガスを
貯め、その圧力を小出しにする事で弾を射出する機構だ。
 そのガスを抜くには弾を連射して撃ち切ってしまうか、もう一つの方法がある。
 銃のハンマー部を押しこみ、強制的に内部のガスを放出するのだ。
 その際、もしも弾がカートリッジに残っていたならどうなる? ――こうなるのさ。
 ハンマーを押しこまれ、弁が解放されたガスのボトルから噴き出したガスは勢いよく銃口か
ら噴き出し、同時にカートリッジ内に残っていたペイント弾までも次々と撃ちだしていった。
 それは連射なんて生易しい物ではなく、むしろショットガンの様に一気に放出していると言
った方が適切だろう。
 ブシュウとガスが噴き出す音と共に吐き出されたガスと弾の雨は、わずか数秒で古泉の制服
を白く氷結させながらもあっという間に真っ赤に染め上げていた。
 痛みならともかく、まさか瞬時に服が凍るような冷気が来るなど想定もしていなかったんだ
ろうな。
 全弾の放出を終え、俺の手の中で冷え切った銃のスライドが解放されて固定されてなお、古
泉は何も言えないでいた。
 この銃のカートリッジには25発弾が入る、そしてその全てが古泉の体に当たったという事
はつまり――
『古泉君退場!』
 何故か長門ではなくご機嫌になっているハルヒの声によって、俺と古泉との戦いに決着が告
げられた。


 それから数分後、制限時間終了の放送を聞いて中庭へと降りてきた俺を迎えてくれたのは
「やーキョンくんキョンくんっ! 優勝なんてすっごいじゃないかぁ!」
 普段より5%程テンションの高い鶴屋さんだった。
 っていうか、あれ?
「あの、何で俺が優勝だって知ってるんですか」
 モニターを通して成績を知っていた俺ならともかく、売り子として参加していた鶴屋さんに
は解らないはずなんだが。
「外に居たら競技に巻き込まれちゃうからって、ハルにゃんや長門っちと一緒にモニターの前
で応援してたんだよっ!」
 まるで自分の事の様に、鶴屋さんは喜んでくれいている。
「あ、そうだ。俺が優勝できたのも、鶴屋さんに教えてもらった例の裏技のおかげなんです」
 競技開始前、ちょうどこの辺りで鶴屋さんはあのガス抜きの方法を俺に教えてくれたんだ。
「見てた見てた! すっごいよもう感動しちゃったよ〜! 音声は無かったけど、まるで本当
の映画みたいな展開にもうどっきどきだったんだからっ!」
 それは……どうも。
 俺の手を握ったまま飛び跳ねて喜ぶ鶴屋さんから、何となく恥ずかしくて視線を逸らしてい
ると……中庭の端で、古泉が長門に何やら食い下がっている様子が見えた。
 珍しい光景につい耳を傾けてみると、
「彼の撃ったペイント弾の半数以上は確かに僕の服に当たって弾けました、それは認めます。
ですが、残りの半数はガス圧が足りなくて破裂しないままだったんです! その弾までカウン
トした今回の結果は無効ではありませんか?!」
「ペイント弾を用いたのは視覚的に採点をしやすくする為、破裂の有無は採点には関係ない」
「そんな? ちょっと長門さん、待って下さい! お願いします! もう一度採点を!」
 ……必死だ、必死すぎる。
 あいつの本性って奴を一度見てみたいと思ってはいたが、これは見なかった方が良かったか
もしれない。
 っていうか、誰も居ないな。
 これは優勝賞品である朝比奈さんとの写真撮影はしたいが、他の男と並んだ写真など欲しく
も無いという事だろうか。
 すでに中庭には競技者の姿は殆ど無く、残っているのは俺と鶴屋さん。長門と、その足にす
がりつく古泉、そして――
「なかなかいい絵が撮れたわ〜。うんうん、褒めてあげるわよっキョン」
 結局俺達を自分の掌の上で動かしきる事に成功した、ハルヒだった。
 映画の資金、宣伝告知、ついでに映像まで手に入ったんだ。これでお前が不機嫌だったら詐
欺だな。
 ま、あの銃撃戦がどんな映画に変わるのか知らないが、これで今度の映画撮影では少しは楽
が出来るって事だろ……って、
「あれ、そういえば朝比奈さんは?」
 優勝賞品である、撮影会の被写体の朝比奈さんの姿がここには無かった。
「みくるちゃんなら、もう先に写真部の部室に行って待ってるわよ」
 そうか、じゃあすぐ行こう早速行こう。
 別に俺が早く撮影したい等と思っているのではないが、朝比奈さんをお待たせしては罰が当
たる。
 足早に部室棟へと向かう俺の後ろには、
「ねねね、どんな衣装を選んじゃうのかなっ?」
 鶴屋さんに、
「……」
 長門。ああ、あの約束は覚えてるから安心しろ。
「ちょっと! 何で急に早足になるのよ!」
 そしてハルヒ。って、何でお前までついてくるんだ?
「しょうがないでしょ? 参加者はあたし達以外みんな帰っちゃったんだし、あんたが優勝商
品をちゃんと受け取る所を見届け上げる人が要るじゃない」
 そうかい。
 ……しかし、朝比奈さんとの写真撮影なんてハルヒに見せたら色々と面倒な事になるんじゃ
ないのか? ほら、古泉の機関が気にしてる……って。
 ふと振りむくと、古泉は一人中庭でうずくまったまま震えている様だった。
 古泉……お前も、本気で優勝したかっただけなんだな。
 プライドも演技も無く、人影もなく寂しい中庭でただ震える古泉の姿は、俺の中にあったわ
だかまりを解きほぐしてくれた。
 お前もまた、朝比奈さんの魅力に取りつかれたただの男だったんだ。……俺と、同じように。
 敗者である古泉にかける言葉を思いつかないでいると、
「こら、急に止まらないでさっさと歩きなさい!」
 俺の背中を、ハルヒの手が感傷と一緒に押し出してしまった。


「あ! 優勝おめでとうございます。キョンくん」
 写真部の部室に入ると、制服姿の朝比奈さんが俺を出迎えてくれた。
 その麗しい御顔で迎えて下さっただけで、今日一日の戦いが報われるという物ですっ!
「怪我とかしませんでしたか?」
 ええ、大丈夫です。
 ペイント弾で真っ赤なだけで、全然平気ですよ。
「さっキョン。好きな衣装を選びなさい」
 そう言いながらハルヒが引っ張ってきたのは普段部室に置いてあるハンガーラックで、そこ
にはメイド服、ナース服、蛙の着ぐるみといった衣装が並び……そしてバニー服の姿もあった。
「あたしのお勧めはこれね、蛙の着ぐるみ」
 等とハルヒは馬鹿げた提案をしてきたが無視だ、無視。
 ……えっと、本来であれば俺は朝比奈さんには制服姿のままで写真を撮ってもらえれば大満
足だったんだが……。
「……? キョンくん。あの、どうかしましたか?」
 この麗しい御方にバニー服を着てもらい、一緒に写真を撮る事が出来たなら……俺は迷う事
なく極楽浄土に成仏できるだろう。
「……」
 沈黙する長門の視線。
 そしてそれは、俺に協力してくれたこいつの頼みでもあるというオフィシャルな理由もある。
「あの……じゃあ朝比奈さん」
「はい、どの衣装にしましょうか?」
 ――俺の選択に、朝比奈さんはどんな表情をするだろうか? 軽蔑? それとも驚き?
 ある意味サディスティックでもある感覚を感じながら俺は、
「その……バニー服で、お願いできますか?」
 禁断の選択肢を、口にした。
 って……あ、あれ?
 俺が想像していたリアクションは、ハルヒは「このエロキョン!」と怒鳴り、長門は無反応
で、鶴屋さんは大笑いし朝比奈さんは顔を赤く染めながらも頷いてくれるという内容だったの
だが……。
 現実は、長門を除いた全員が口を開けたまま固まるという物だった。
 ちなみに、長門は無反応で予想通りだったんだが、
「あ、あんた……本当にそれでいいの?」
「それでって、ああ」
 今更俺が恥ずかしがっても仕方ないと思い、開き直る俺を見て
「まあまあハルにゃん、年頃の男の子には変わった趣味の一つや二つあるものだよ〜」
「そ、そっか。うん、そうよね」
 ハルヒと鶴屋さんは、俺の方を隠れ見ながらこそこそと何かを話しているのだった。
 って待てよ、バニー服を選ぶのってそんなに変か?
 この選択肢の中だと、欲望に忠実過ぎてるってのは自分でも思うが。
 みんなの反応に納得できないでいる俺を無視して、
「ごめんみくるちゃん、キョンはああ言ってるんだけど……いいかな」
 ハルヒは申し訳なさそうな顔で朝比奈さんに頼みこむのだった。
「あ、あの……キョンくんが……それでいいなら」
 ちらちらと俺を見ながら朝比奈さんはそう言って、ハンガーラックの中から赤いバニー服の
かかったハンガーを取り出した。
 そこにかかったレザーチックな衣装が、今は制服の中に隠れている朝比奈さんの御身体を包
む姿を想像している俺に……えっと。
 何故か、バニー服は俺に手渡されるのだった。
「あれ? あの、朝比奈さん」
 俺に衣装を渡されても……正直、困るんですが。
 困惑する俺に、
「どっどうぞ、わたしは見てませんから」
 何故か朝比奈さんは後ろを向いて、両手で顔を隠してしまった。
 いや、見てませんからって言われても。
 予想外の展開に、さてどうしたものかと思っていると――小さな金属音が部室内に響き、振
りむいた先ではハルヒが部室のドアを閉めていた。
 同時に長門が手際よく遮光カーテンを閉め始め、鶴屋さんはレフ板の配置に余念が無い。
 ――何だ、俺はこれに近い展開をどこかで見た事がある。
 無言のままかけられる鍵、手渡される衣装、そして撮影準備。
 それが意味する事に俺が気がついたのは、
「さっ、脱ぎなさい」
 俺の服に手をかけて笑う、ハルヒの顔を見た時の事だった。
 お、おい待てハルヒ。これは何の冗談だ?
「冗談も何も、優勝賞品であるみくるちゃんとの撮影会じゃない。ね〜鶴屋さん」
「もちろんそうさ〜。まあ、キョンくんがそんなご無体な衣装を選んじゃったのは予想外だっ
たけどねぇ」
 って待て待て? え? 何それ?
「お、おいまさか。優勝賞品ってのは朝比奈さんにコスプレ衣装を着てもらって、一緒に撮影
出来る権利じゃなくって……」
「優勝した人がみくるちゃんのコスプレ衣装を着て、普段着のみくるちゃんと一緒に撮影がで
きる権利に決まってるじゃない」
 誰が得するんだその賞品で!
「あのねぇ……あんたがみくるちゃんの恥ずかしい写真を撮ると怒るから、わざわざあたしが
別の賞品を考えてあげたんじゃない」
 いや待て、話し合おう。今回ばかりは朝比奈さんに着て頂く方向でお願いしたい。
「だ〜め。そうやって逃げられないようにあたしが居るって先に言っておいたでしょ? あ、
有希は1カメよろしくね。鶴屋さんは2カメとレフ板」
 いや待て! じゃあせめて蛙の衣装に変更で!
「カメラの配置完了、いつでも撮影出来る」
「はいさぁ! こっちもオッケーだよっ!」
 ちょちょっと?! なんで二人まで乗り気なの?! ねえ!
 助けを求めようと朝比奈さんの方を振り向いては見たが、彼女は宣言通り俺に背を向けたま
ま壁際にしゃがんでいるのだった。
 じりじりと追い詰められていく俺の背中に、写真部の白いスクリーンが当たる。
 左右からにじり寄るハルヒ達を前に、俺はどんな顔をしていたのか……恐らく、かつて朝比
奈さんがハルヒによって。無理やり服を着替えさせられた時と同じ顔をしているのだろう。
「さっキョン。脱ぎなさい」
 って、現実逃避する時間も無しかよ。
「断固拒否する」
「あっそ。じゃああたしが脱がしてあげる」
「待てっ! 待てって? 待って下さい! マジで! なあハルヒってばおいっ!」
「あーあー、聞こえなーい」
 次々と脱がされていく服と、そんな俺を興味深々で眺めるハルヒと鶴屋さん。
 更には冷静にカメラで俺を追っている長門と、こっそりのぞき見ている朝比奈さんの前で
「あっておい? まさか下着まで?! お願い、待って! そそそれだけは、あ」
 ――最後の砦が剥ぎ取られた瞬間、殆ど人気の無い部室棟の中に悲しげな男の悲鳴が響き
渡ったのは言うまでもない。


 後日、号外として配布されたAML団の月報の一面を、バニーガール姿で泣き崩れる男と、
その隣で困った顔をした女神が写った写真が飾ったと聞いた時、俺は……泣いた。


 男の子の戦い 終わり







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